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電気信号を細胞内へ伝える新しい膜タンパクの発見

研究報告 2005年5月20日

概要

脳神経や筋は、活動電位と呼ばれる細胞膜がもつデジタル的な電気信号とともに、電気信号を細胞内の化学信号へ変換する仕組みにより、記憶や運動やホルモンの分泌などの「しなやかな」生理機能を実現している。これまで、電気信号を細胞内へ伝達する分子としては、膜電位に応じてイオンの出入りをコントロールする「イオンチャネル」が良く知られてきた。今回、岡崎統合バイオサイエンスセンター神経分化研究部門の岡村教授のグループは、イオンチャネルとは異なる、イオンの出入りを伴わない、電気信号の伝達に関わる新しいタンパク分子を発見した。

岡村教授のグループは、数年前に京都大学などによって解読されたユウレイボヤのゲノム情報からイオンチャネルと類似する遺伝子を網羅的に検索したところ、これまでのどのイオンチャネルにも分類できない新しい遺伝子を見出した。ホヤは、脊椎動物の特徴である脊索と呼ばれる構造をもち、脊椎動物の祖先と関係が深い海産動物として注目されてきた。また、ホヤのゲノムは単純であることからも、脊椎動物の機能に重要な遺伝子がホヤのゲノムから発見できる可能性が指摘されてきた。今回VSP(voltage-sensor containing phosphatase、電位センサーをもつホスファターゼの略名)と名付けられたこの分子は、イオンチャネルと同様な電位センサー構造を持つ一方で、イオンが通る孔の代わりにイノシトールリン脂質の脱リン酸化酵素の構造をもっていた。岡村教授のグループは、アフリカツメガエル卵母細胞に、この分子を強制発現させ、酵素活性を生きたまま計測する系を独自に開発して、実験を行なった。その結果、VSPが、イオンの出入りを介さずに膜電位に依存して、細胞内側の酵素活性を変化させることを突き止めた。更に、筑波大の稲葉教授と協力して、このタンパクの局在部位を調べたところ、精子の尾部の細胞膜に発現していることを発見し、精子の運動性や形態の維持などに関わることが示唆された。この分子の存在は、既にマウスやヒトなどで報告されていたが、その機能特性とくに電圧感受性は全く知られてこなかった。

この分子の発見は、イオンチャネル分子以外で膜電位変化に応じて機能を変えるタンパクとして始めての例であり、電気信号を細胞内へ伝達する全く新しい仕組みを見出したことになる。これまで生体の電気信号には、神経の活動電位のような速い膜電位変化のほかに、ゆっくりした膜電位変化が発生初期の神経細胞などで起こることが良く知られてきた。VSPは細胞の形態や増殖における電気信号の役割と関係する可能性がある。この遺伝子は、ホヤからヒトまで脊索動物の系統で保存されているが、それ以外の生物では見つかっていない。脊椎動物の進化の過程で、電気情報を直接細胞内の化学的情報へ伝達する仕組みを獲得したことで、脊椎動物がいまある形に進化した可能性がある。

論文情報

Murata, Y., Iwasaki, H., Sasaki, M., Inaba, K., & Okamura, Y. Phosphoinositide phosphatase activity coupled to an intrinsic voltage sensor. Nature, (2005) Advance on line publication, DOI number 10.1038/nature03650.

【図1】

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■■ 用語解説 ■■

 

膜電位

細胞は細胞膜と呼ばれる脂質の二重膜で閉じられた構造をしている。この脂質の二重膜の内外で、イオンの濃度が異なるために、膜を介した電位勾配が生じている。通常は、カリウムや塩素のイオンの濃度に依存して、細胞内がマイナスの電位(-60 mV程度)になっている。これを膜電位と呼ぶ。この膜電位は、イオンチャネルなどの膜タンパクによるイオンの出入りによって常に変動しており、神経や筋などでは、ナトリウムとカリウムの出入りが急激に生じることで、約50mVから80mV程度の膜電位の変化が生じる(活動電位)。この膜電位の変化を利用して、脳の情報処理は行なわれている。

ホスファターゼ

ホスファターゼとは、酵素の一種で、リン酸基をタンパクや脂質などからはずす作用をもつ。タンパクからリン酸基がなくなることで、タンパクの機能は活性化状態から不活性化状態に戻る。脂質のリン酸基がはずれると、結合するタンパクの相手が代わるため、細胞内の情報が変化することとなる。

イオンチャネル

細胞膜に存在し、細胞内外のイオンの通路をミリ秒から秒の単位で制御するタンパクである。数十種類以上が知られ、膜電位で制御されるもの、細胞内外の化学物質で制御されるもの、細胞膜の伸張などの物理的刺激で制御されるなど、多様性がある。神経、筋の膜電位変化に関わるイオンチャネルは、「電位センサー」と呼ばれる仕組みによって数ミリボルト程度の膜電位変化に応じて、イオンが通る穴(ポア)の状態をミリ秒の単位で変化させることで、イオンの出入りを制御している。このような「電圧依存」的なイオンチャネルには、ナトリウムイオン選択的に通すもの(Naチャネル)、カリウムイオン選択的なもの(カリウムチャネル)、カルシウムイオン選択的なもの(カルシウムチャネル)などがある。

電位センサー

活動電位を形成するイオンチャネルに特徴的に見られるタンパク内の構造で、数ミリボルトの膜電位変化を検出する「センサー」である。現在、脂質に面して存在するという説(パドルモデル)と、タンパク構造に囲まれて存在するという説(コンベンショナルモデル)があり、世界的な論争になっている。様々な生物毒や、麻酔薬、高血圧薬は、この電位センサーの機能を直接または間接的に変化させることで、その効果を示す。

ホヤ

無脊椎海産動物の一種で、尾索動物に属する。発生後まもなくの幼生は、浮遊性のオタマジャクシであるが、固着後変態した後は、濾過性の固着生活を営む成体となる。進化的に脊椎動物の祖先に近いことと発生のメカニズムの研究に優れた生物であることから、ゲノム解析の対象として注目され、日本(京都大学佐藤矩行教授ら)とアメリカ(JGI)の共同研究により全ゲノム配列が明らかにされた。

ゲノム

個々の生物種がもつ遺伝子全体を含む構造のこと。細胞内の核に含まれる。すべてのタンパクは、ゲノム中のそれぞれの遺伝子のDNA情報からRNAに転写され、タンパクに翻訳される。ゲノム中には、タンパクの構造そのものに対応する領域と、その発現を制御する領域、更にそれ以外の機能が十分理解されていない領域の3つから成る。

イノシトールリン脂質

ホスファチジルイノシトール(PIと略記)などを始めとする、イノシトールを含むリン脂質の総称である。細胞膜はリン脂質の二重膜でできている。イノシトールリン脂質は、イノシトール環と脂肪酸から成る脂質であり、細胞膜の内側の膜を構成する成分のひとつである。他のリン脂質に比較して2-10%と少ない成分であるが、様々な細胞内のシグナル伝達に関わる重要な分子であることが知られている。リン酸の結合する部位(1,2,3,4,5)によって、結合するタンパク分子が異なり、これによってシグナル伝達の経路の分配が行なわれている。とくに、PI(3,4,5)P3は、Aktシグナル伝達を介して細胞増殖に関わるがんの発生の鍵を握る分子として知られている。生体内には、PI(3,4,5)P3の3位のリン酸を脱リン酸化する酵素であるPTENが存在しており、この酵素の作用によって細胞内にPI(3,4,5)P3が貯まり過ぎないようにしている。PTENに異常が存在すると、細胞内にPI(3,4,5)P3が増えすぎてしまい、がんの発症の確率が増加する。

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