News

お知らせ

「食事をよく味わいながら規則正しく摂ることは健康に良い」ことを証明
―脳のホルモン"オレキシン"神経の活性化で筋肉の代謝が活発に―

プレスリリース 2009年12月 2日

概要

「味わいながら食事を規則正しく摂ることが健康に良い」のは本当?今回、その理由の一端が明らかとなりました。自然科学研究機構・生理学研究所の箕越靖彦教授の研究グループは、味わいながら食事を美味しく規則正しく摂ることによって脳の中のホルモン“オレキシン”を放出するオレキシン神経が活性化。筋肉の代謝を促進して、血糖の上がり過ぎを防止することを明らかにしました。米国セルプレスの専門誌セル・メタボリズムに掲載されます(12月2日)。

今回、研究グループは脳の中のホルモンである“オレキシン”を放出するオレキシン神経に注目。このオレキシンは、脳の視床下部と呼ばれる部分で作用する食欲や睡眠、体内リズムなどに関わるホルモンです。このオレキシンを放出するオレキシン神経が、「食事をよく味わいながら、美味しく、規則正しく摂る」ことにより活性化。これによって視床下部内へのオレキシンの放出が促進され、その働きで同量のカロリーの食物摂取であっても、筋肉での糖の利用が活発になり、血糖の上昇を抑えることがわかりました。今回の研究成果は、このような食習慣と健康との関係を生理学的に説明することを可能にしました。

実は、オレキシン神経は、睡眠―覚醒のリズムを作り出す脳の働きに関わっており、睡眠中は活動が抑えられます。本研究成果より、夜中に食事をしてすぐ寝てしまうと、オレキシンによって促される筋肉での糖の利用が抑制され血糖がより上昇してしまうと予想されます。そして、上昇した血糖は筋肉ではなく脂肪組織などに蓄えられ、肥満の原因になる可能性があります。

箕越教授は、「オレキシンの分泌は強い動機を伴う行動において活発になります。したがって、美味しい食事による味覚刺激やそれに対する期待感だけでなく、肉食動物が餌を捕獲する時やスポーツの開始時などにおいてもオレキシンによる筋肉での糖の利用が活性化され、食事によって得たカロリーを効率よく筋肉のエネルギーに変えて、行動のパフォーマンスを高める可能性があります。今後、このことをさらに詳しく調べて行きたい」と話しています。

本研究は、塩田清二先生(昭和大学)、柳沢正史先生(テキサス大学)、桜井武先生(金沢大学)との共同研究。なお、オレキシン神経は、柳沢先生らのグループによって1998年に発見されたものです。

本成果は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

今回の発見

  1. オレキシン神経が活性化されることによって放出されるオレキシンの働きで、筋肉での糖の利用が促進され、インスリン分泌に影響することなく、血糖値上昇が抑えられる。
  2. オレキシン神経の活性化は、味覚刺激、すなわち“味わうこと”と摂食への期待感、すなわち“規則正しく食事をすることで、「その時間に食事が出来る」と感じること”が関与する。
  3. オレキシン神経から放出されたオレキシンの働きを薬物で阻害すると、摂食時の糖代謝が悪化する。

【図1】 オレキシンの投与によって筋肉での糖利用の向上

20091202_1.jpg

マウスを使った実験で、オレキシンを視床下部に投与したマウスでは、筋肉での糖の利用が促進されることが明らかになりました。

【図2】 味覚とその期待感がオレキシン神経を活性化し、血糖値上昇を抑制

20091202_2.jpg

左図から、人口甘味料であるサッカリンをマウスに与えると、オレキシン神経が活性化することがわかります(左上図の△が示す神経)。また、オレキシン神経の活性化は、3日間トレーニングすることによって、よりはっきりすることもわかりました。この実験結果から、味覚刺激とその期待感によってオレキシン神経が活性化することがわかります。また、右のグラフは、マウスに対して「糖を口から投与し味覚刺激を与えた時」と、「糖をお腹に直接投与し味覚刺激を与えない時」を比較したものです。右のグラフから、1)味覚刺激を与えた場合の方が糖を摂取してから30分後の血糖値が低く抑えられること、2)視床下部でのオレキシンの働きを薬物で阻害すると、その効果がなくなること(黒い棒グラフ)、の二つのことを読み取ることができます。

【図3】 摂食と血糖に関するオレキシンとインスリンの関係

20091202_3.jpg

摂食による味覚への刺激、摂食に対する期待感などで脳内の視床下部にあるオレキシン神経が活性化すると、オレキシンが視床下部内で分泌され、筋肉による糖の取り込みが促進されます。食事をただ摂るだけでなく、よく味わいながら規則正しい持間に摂ることで、筋肉での糖の代謝が促進されるのです。このようなオレキシンの作用は、筋肉だけでなく脂肪組織への糖の取り込みも促進する「インスリン」とは異なるメカニズムによること、味覚刺激や食事への期待感の有無によって大きく左右されることが分かりました。

この研究の社会的意義

1.「決まった時間によく噛んで食事をすることは健康に良い」という通説を裏付ける発見

一般に、「決まった時間に食事をし、よく噛んで食べることが健康に良い」とされています。このような食習慣は、オレキシン神経とそれに伴う筋肉での糖代謝の活性化を促します。これは、摂取した栄養が脂肪細胞に過剰に蓄積することを防ぐ可能性を示唆しています。本研究成果は、このような食習慣と健康との関係を生理学的に説明することを可能にしています。

【図4】 決まった時間に良く噛んで食事をすることは健康に良い

20091202_4.jpg

2.夜食症候群の発症メカニズム解明に貢献する発見

オレキシン神経は、主に睡眠時に抑制され、覚醒時に活性化されます。このことから、夜間に食事した後すぐに寝ると、オレキシン神経が活性化されず、結果として筋肉での糖の利用が抑制されることが、本研究より示唆されます。このように、本研究成果は、「同じカロリーを摂ったにも関わらず、夜寝る前に食事をすると太りやすくなる」、という夜食症候群の発症メカニズムの解明に大きく貢献することが期待されています。

3.「スポーツなどで、より良いパフォーマンスを出すためにはどうしたらよいか?」という問いかけへのヒントを与える発見

オレキシンは、肉食動物が餌を捕獲する時や、人がスポーツを開始する時などの強い動機づけを伴う行動において活性化します。オレキシンによって筋肉での糖代謝を活性化することができれば、意図的に行動のパフォーマンスを高められる可能性があります。本研究をきっかけに、このようなスポーツに関わる医学・生理学の研究が今後より進むことが期待されています。

4.ナルコレプシーのメカニズム解明に関わる発見

ナルコレプシーは日中、場所や状況を選ばず強い眠気や脱力発作を起こす神経の病気です。日本では“居眠り病”と呼ばれる事もあります。ナルコレプシーの患者は、睡眠や脱力発作以外にもメタボリックシンドロームを引き起こす割合が高いと言われています。ナルコレプシーはオレキシンと密接な関係がある病気であると言われているので、今回オレキシンと糖代謝との関係が発見されたことで、オレキシンを軸にナルコレプシーとメタボリックシンドロームという一見関係が無いように見える二つの疾患を結びつけ、そのメカニズムを解明するきっかけとなることが期待されます。

論文情報

Hypothalamic orexin stimulates feeding-associated glucose utilization in skeletal muscle via sympathetic nervous system
Tetsuya Shiuchi, Mohammad Shahidul Haque, Shiki Okamoto, Tsuyoshi Inoue, Haruaki Kageyama, Suni Lee, Chitoku Toda, Atsushi Suzuki, Eric S. Bachman, Young-Bum Kim, Takashi Sakurai, Masashi Yanagisawa, Seiji Shioda, Keiji Imoto, Yasuhiko Minokoshi

掲載誌:Cell Metabolism

お問い合わせ先

研究について

生理学研究所 発達生理学研究系生殖 内分泌系発達機構
箕越 靖彦 教授 (みのこし やすひこ)
 

広報について

生理学研究所・広報

関連部門

関連研究者