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柔軟な行動選択を行う脳内メカニズムの発見
-目標行動を抑制する脳領域機能の一端を解明-

プレスリリース 2017年9月29日

内容

 このたび、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二准教授、三村將教授、公益財団法人東京都医学総合研究所の夏堀晃世主席研究員、大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所の小林憲太准教授らの共同研究グループは、マウスを用いた実験で、目標に向かって行動を開始するためには、腹側線条体(注1)と呼ばれる脳領域の外側部位に存在する「やる気ニューロン」の活動増加に加え、内側部位に存在する「移り気ニューロン」の活動低下が必要であることを見出しました。
 研究グループでは、これまでの研究で、マウスを用いた実験により、意欲障害となる脳内の部位を特定し、「やる気スイッチ」の存在を発見しています。また、目標に向かって行動する時には、腹側線条体と呼ばれる脳領域のうち外側部位に存在する神経細胞(やる気ニューロン)を活動させることが必要であり、この「やる気ニューロン」の機能異常によって、行動の開始が障害され、やる気がなくなることが分かっていました(文献1)。
 このたび、研究グループは、「やる気」の一方で、目標とは異なる行動を「抑制」する脳内メカニズムの解明のため、さらに研究を進め、腹側線条体の内側部位の神経細胞の機能に関し、以下の結果を見出しました。
①脳領域のうち内側部位に存在する神経細胞(「移り気ニューロン」)が活性化すると、無駄な行動が増えること。②この神経細胞の活動を抑えることで、目標とは無関係な行動を抑制し、目標に合致する行動を行うこと。③この神経細胞は、意欲そのもの(「やる気ニューロン」)をコントロールしているのではなく、目標が変更された時には活動抑制が外れ、柔軟な行動選択が可能となること。
 本研究成果は、2017年9月28日に総合科学雑誌である『Current Biology』に掲載されます。

1.研究の背景と概要

研究グループはこれまで、目標(エサ)に向かって行動を開始する時には、腹側線条体の外側部位に存在する「やる気ニューロン」の活動が必要であることを、空腹のマウスを用いた実験で明らかにしました。
やる気を目標達成にまで結びつけるには、目標達成とは無関係な行動を抑制する必要があります。「さあ、勉強しよう」と気持ちを奮い立たせて勉強を開始したら、勉強をやりきらなければなりません。途中、雑誌に目が行って雑誌を読み始めてしまうというような目標と無関係な行動は、抑制(がまん)する必要があります。この抑制は意欲行動の達成に重要でありながら、その脳内メカニズムの詳細は全く分かっていませんでした。
研究グループは、線条体に存在するドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(以下D2-MSN)(注2)にカルシウム蛍光プローブを発現する遺伝子改変マウスを用い、自由行動下でその神経細胞の活動を計測しました。
この実験では、空腹のマウスを、2つのレバーと、えさ箱を備えた箱に入れます。左のレバーを押せばエサが出てくるが、右のレバーを押してもエサが出てこないという仕組みになっています。はじめ、マウスはそのルールを知りません。試行錯誤の後に、左のレバーを押せばエサをもらえるということを学習し、それ以後、空腹を満たすためにレバーを押すようになります(注3、エサ報酬を用いたレバー押し課題)。このときに、レバー押し課題中の、マウスの腹側線条体の内側部および外側部の神経活動を計測しました(図1)。
計測の結果、マウスが目標(エサ)に向かってレバー押しを開始すると、腹側線条体の外側部位の「やる気ニューロン」の活動が増えると同時に、腹側線条体の内側部位の神経活動が低下することが分かりました(図2)。この内側部位の神経を、人為的に無理やり興奮させる実験(オプトジェネティクス)から、内側部位の神経の活動低下の意味を探りました。
まず、対照実験として外側部位の活動増加を人為的に低下させました(図3)。外側部位の神経活動を低下させてしまうと、意欲行動の指標である開始のスタートからレバーを押し始めるまでの時間が7秒から26秒へ有意に延長しました。やる気がないときは行動の開始が遅くなることと一致します。
次に、内側部位の神経を人為的に興奮させてみると、開始スタートからレバー押しまでの時間に変化がなかった、つまり、意欲行動に変化はありませんでした。しかし、目標(エサ)と無関係のダミーレバー(この場合は右のレバー)を押すようになりました。
具体的には、通常の1トライアルで0.1回(10回のトライアルで1回押す程度)押すところが、1トライアルで1回も押すようになりました。一方、外側部位の活動抑制では、このような効果は見られませんでした。
 

図1

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図2

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図3

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このことから、①腹側線条体の内側部位の神経は意欲そのものをコントロールしているのではないこと、②この神経細胞の活動を抑えることで目標と無関係な行動を抑制していること、③この神経細胞が活性化すると無駄な行動が増えること、が分かりました。すなわち、目標に向かって行動を開始するときには、あたかも行動の「移り気」を担うように振る舞う、この神経(「移り気ニューロン」)を抑制する必要のあることが理解されました。(図3)。
 「移り気ニューロン」は、ルールが定まっているときには抑制しておく必要がありますが、ルールが変わったときには、活性化することが逆に役立ちます。研究グループでは、このことを逆転学習と呼ばれる課題によって証明しました(図4)。今回の課題となる逆転学習とは、ある日突然、正解レバーを逆転させます。今まで左のレバーを押していたらエサがもらえたのに、ある日を境に、エサをもらうには、右のレバーを押すことを正解とします。この場合、左のレバーに固執していたら、いつまでもエサはもらえません。無駄な行動と思われていた右のレバーを押すという行動を選択する必要があります。
 この課題によって、試行錯誤が必要である逆転学習中に腹側線条体内側部位の神経の活動が上がること、そして、その活動を人為的にさらに活性化させると、通常は逆転学習2日目ではまだ正解に迷うところ、左のレバーが正解レバーであることを2日目にして学習することを見出しました。この「移り気ニューロン」は、ルールが定まっているときには抑制させ、ルールが変更されたときにその抑制を外すことで、柔軟に対応できることに役立っていることが分かりました(図4)。

図4

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2.研究の成果と意義・今後の展開

本研究により、目標に向かう行動を起こすためには、腹側線条体の外側部位の「やる気ニューロン」と内側部位の「移り気ニューロン」の協調した活動変化が必要であることが示されました。「やる気ニューロン」の活動増加に加え、「移り気ニューロン」の活動抑制により、目標以外の余計な行動が抑制され、目標達成に関連した適切な行動が取れるようになります。「移り気ニューロン」をいかなる時も抑制させてしまっては柔軟に適応できませんし、「移り気ニューロン」が常時活動していては行動がまとまりません。
 このバランスが、何によって決められているのかを明らかにすることは今後の課題です。柔軟性に欠ける適応障害や強迫性障害などの病態や、注意の持続が困難な注意欠陥多動性障害の病態を理解するのに今回の成果が役立つ可能性があります。

3.特記事項

本研究はJSPS科研費 JP15H03123, JP17H06062, JP16H01621,公益財団法人 三菱財団の支援を受けて行われました。

4.論文

タイトル:Distinct roles of ventromedial versus ventrolateral striatal medium spiny neurons in reward-oriented behavior.
(日本語訳:腹側線条体の内側領域と外側領域は、動物の目標達成行動において異なる役割を担う)
著者:木村生、夏堀晃世、森真里菜、小林憲太、Michael R. Drew、Alban de Kerchove
d ‘Exaerde、三村將、田中謙二

5.関連文献(文献1)

タイトル:Dysfunction of ventrolateral striatal dopamine receptor type 2-expressing medium spiny neurons impairs instrumental motivation.
(日本語訳:腹外側線条体のドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロンの機能障害は、意欲低下を引き起こす)
著者:木村生、滝上紘之、吉田慶多朗、徐明、矢野竜太郎、太田宏之、西田洋司、Youcef Bouchekioua、岡野栄之、内ヶ島基宏、渡辺雅彦、高田則雄、Michael R. Drew、佐野裕美、三村將、田中謙二

用語解説

(注1) 線条体:運動制御や報酬を計算する、大脳基底核と呼ばれる複合構造体のうちの一つ。大脳皮質に囲まれた脳深部に存在する。腹側線条体は線条体の下部(腹側)に位置する。本研究では腹側線条体を外側領域と内側領域に分けて研究した(図1)。
(注2)ドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(D2-MSN):線条体から情報を外に送る神経のうちの1つ。
(注3)レバー押し課題:10回レバーを押すと1個の餌報酬が得られる。レバーは同じ形のものが2つあり、1つは餌が得られる正解レバー、もう1つは餌と無関係のダミーレバーである。マウスにはあらかじめ、正解レバーを押すと餌が得られることを学習させておく(図2)。

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慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室
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http://www.med.keio.ac.jp/
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