我々が感じる痛みのほとんどは、細胞の膜に存在する「イオンチャネル型の痛みセンサー」が活性化することによって起こります。特にアノクタミン1やTRPV1、TRPA1など、痛覚情報を伝える神経に発現する痛みセンサーは、現在鎮痛薬の重要な標的分子として注目されています。今回、自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)の高山靖規特任助教と富永真琴教授、生理学研究所の古江秀昌准教授(現、兵庫医科大学教授)との共同研究グループは、メントールが痛みセンサーのひとつであるアノクタミン1を抑制することを世界で初めて発見しました。また、メントールの類似体で、より簡単な構造をしている「4-イソプロピルシクロヘキサノール」という物質が、アノクタミン1、TRPV1、TRPA1といったさまざまな痛みセンサーを阻害することと、特にアノクタミン1とTRPV1の相互作用によってもたらされる痛みに対して鎮痛効果を持つことを発見しました。今回の発見は、今後新たな鎮痛薬を開発する上で重要なシーズになると期待されます。本研究結果は、Scientific Reports(2月22日電子版)に掲載されました。 |
富永教授らの研究グループはこれまで、イオンチャネルの中でも「アノクタミン1」と「TRPV4」の相互作用によって脳脊髄液の分泌が促進することや、「アノクタミン1」と「TRPV1」の相互作用がカプサイシンによる痛みを増強することを報告してきました。今回の研究成果は、このようなアノクタミン1とTRPチャネルの相互作用に着目した研究を進める過程で発見した新しい知見です。
イオンチャネルのひとつである「TRPM8」は「メントール」によって刺激を受けると活性化することが知られていますが、このメントールが痛みセンサーとして重要な働きを担っている「アノクタミン1」の機能を強く抑制することがわかりました。
そこでメントールの化学構造に着目して検討を行った結果、メントールの化学構造の一部である「イソプロピルシクロヘキサン」の親水性を高めた「4-イソプロピルシクロヘキサノール」はメントールと比べてより迅速にアノクタミン1の機能を抑制することがわかりました(図1)。
さらにこの「4-イソプロピルシクロヘキサノール」の薬理学的効果を詳細に調べたところ、痛みや痒みに関わるTRPV1やTRPA1といったTRPチャネルの活性化すらも、抑制する働きがあることが判明しました。つまり、「4-イソプロピルシクロヘキサノール」にはさまざまなイオンチャネル型の痛みセンサーを標的とした鎮痛作用があると考えられます。
そこでマウスに痛み刺激を与えた際の、マウスの感覚神経における神経発火を測定しました。カプサイシンによる痛みはTRPV1が活性化して起きる神経活動によって伝達されますが、この神経活動が「4-イソプロピルシクロヘキサノール」をカプサイシンと同時に投与することで消失することがわかりました。また、マウスの後肢にカプサイシンを投与した際の痛み行動(痛みのある足を舐める行動のこと)も「4-イソプロピルシクロヘキサノール」により抑制されました(図3)。
富永教授は今回の成果を受け、「今回の発見は、「アノクタミン1」,「TRPV1」, 「TRPA1」等の複数の痛みセンサーを同時に阻害する化合物を見出したという点でとても新しい発見と言えます。そしてこの知見は将来の新たな鎮痛薬開発につながると期待できます」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金および加藤記念バイオサイエンス振興財団の補助を受けて行われました。
(図左)メントールとその類似物の化学構造の比較
(図右)相対的アノクタミン1活性(平均値)の経時的変化を示すグラフ。メントールと4-イソプロピルシクロヘキサノールは投与後30秒程度でアノクタミン1を強く抑制しました。
(図左)感覚神経の活動を平均したグラフ。カプサイシン投与によって発生する活動電位(神経活動の指標)は4-イソプロピルシクロヘキサノールによりほぼ完全に抑制されました。
(図右)マウスの後肢にカプサイシンを皮下注射したときに見られる痛み行動(足舐め行動)の平均時間を示したグラフです。4-イソプロピルシクロヘキサノールの投与は鎮痛効果を示しました。
カプサイシンなどの天然化合物と同じくメントールの歴史は非常に古く、多くの研究がなされてきました。しかし、メントールの持つ鎮痛効果の詳細なメカニズムはこれまで明らかにされてきませんでした。今回の研究成果で、メントールの持つ鎮痛作用が、カプサイシン受容体であるアノクタミン1とTRPV1の機能を抑制することによってもたらされることがわかりました。また、メントールよりも簡単な構造である「4-イソプロピルシクロヘキサノール」が、メントールと同様痛みや痒みに関わるイオンチャネルの機能を抑制することが分かりました。この成果は、鎮痛薬(特に外用剤)開発を行う上で、新たな起点となることが期待されます。
4-isopropylcyclohexanol has potential analgesic effects through the inhibition of anoctamin 1, TRPV1 and TRPA1 channel activities.
Yasunori Takayama, Hidemasa Furue, Makoto Tominaga.
Scientific Reports. 2017年2月22日
<研究について>
自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所) 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
特任助教 高山靖規 (たかやま やすのり)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室