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胆汁うっ滞のかゆみ物質の作用機序の解明

プレスリリース 2017年3月 7日

内容

胆汁うっ滞は発症機序が不明のかゆみをもたらす慢性疾患の1つです。今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授、橘高裕貴研究員の研究グループは、マウスを用いた実験で、胆汁うっ滞によるかゆみの原因物質であるリゾフォスファチジン酸が、カプサイシン受容体として知られるTRPV1とワサビ受容体として知られるTRPA1を介してかゆみを起こすというメカニズムを解明しました。本研究結果は、The Journal of Physiology誌に掲載されました。

 皮膚のかゆみは、それ自体が致死的な状態を引き起こすものではないものの、慢性的に持続するかゆみは、とても不快なものであるのは想像に難くありません。つまり慢性疾患に伴うかゆみは、その疾患を持つ患者さんの生活の質(Quality Of Life:QOL)を著しく低下させる重要な要因です。中でも胆汁がうっ滞することによって引き起こされるかゆみは、QOLを著しく低下させる病態として有名です。かねてより、胆汁うっ滞によるかゆみの原因となる物質の一つは「リゾフォスファチジン酸(Lysophosphatidic acid:LPA)用語1」であるということは報告されており、加えてこの物質はかゆみだけでなく痛みも引き起こすことがある、といった報告もあります。しかしその詳細なメカニズムについては不明なままでした。
 今回生理学研究所の富永教授の研究グループは、このLPAがからだでかゆみや痛みを引き起こすメカニズムを詳しく解析しました。実験では「チークインジェクション法用語2」という方法を行い、マウスがかゆみと痛みのどちらを感じているのかを判別しました(図1)。今回LPAを作用させたところ、マウスはかゆみを感じている際の動作である後ろ足による「ひっかき行動」を行いました(図1)。つまりマウスは、 LPAによってかゆみ物質を感じる、つまりLPAは痛み物質ではなくかゆみを引き起こす物質である、ということがわかりました。
 マウスの行動解析の結果を受け、次に研究グループは、このLPAがどのような分子に作用し、かゆみを引き起こすのか、その詳細なメカニズムを解明するため、カプサイシンによって生じる痛みの発現に関与するイオンチャネル分子「TRPV1(ティー・アール・ピー・ヴィワン)」と、ワサビの辛み刺激の発現に関与するイオンチャネルである「TRPA1(ティー・アール・ピー・エイワン)」に着目しました。TRPV1とTRPA1は、痛みを伝える感覚神経にのみ発現しているというわけではなく、かゆみなどを伝える感覚神経にも多く存在していることから、LPAがTRPV1やTRPA1を介してかゆみを伝達している可能性が考えられました。
 そこで感覚神経にTRPV1を持たない遺伝子改変マウスと、TRPA1を持っていない遺伝子改変マウス、そしてTRPV1とTRPA1の両方を持っていない遺伝子改変マウスを使い、LPAがもたらすかゆみ行動を調べた結果、正常なマウスと比べ、いずれの遺伝子改変マウスでもかゆみを感じる時に行う動作である「ひっかき動作」が少なくなりました(図2)。
 以上より、 LPAがもたらすかゆみには、TRPV1とTRPA1の両方が関わっていると考えられます。
 本研究成果は、いわゆる痛みに関わるイオンチャネルとして認知されていたTRPV1とTRPA1が「かゆみ」にも関与しているという新しい側面を世界で初めて確認したものであり、これらのイオンチャネルが鎮痛薬の開発のターゲットとなるのに留まらず、さらには新しいかゆみ止めを開発する上での重要なターゲットとなることを示唆しています。
 富永真琴教授は、「今回の研究成果は、胆汁うっ滞によって起きるかゆみに苦しむ患者さんに向けた、新しい治療薬を開発する上で非常に重要な知見となることが考えられます。胆汁うっ滞のかゆみの原因として考えられていたLPAがどのような仕組みでイオンチャネルを活性化するのか、その詳細なメカニズムについても判明しました。この成果は今後さまざまなかゆみの治療の一助になることが大いに期待されます」と話しています。

 本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

用語の説明

用語1:リゾフォスファチジン酸(Lysophosphatidic acid:LPA)
シグナリング分子の働きをするリン脂質誘導体で、複数の代謝型受容体に作用して機能することが知られています。

用語2:チークインジェクション法
マウスの頰に、かゆみや痛みなど、さまざまな感覚を引き起こす物質を作用させ、その後のマウスの行動を解析することでマウスがどのような感覚を感じているのか判別する方法。例えば、かゆみ物質を作用させた場合、マウスは後ろ足で頰をひっかくような動作(ひっかき行動)を行い、痛み物質を作用させた場合は前足で頰をこするような動作(ワイピング行動)を行います。

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今回の発見

  1. チークインジェクション法によって LPAは痛み物質ではなくかゆみ物質であることが明らかになりました。
  2. LPAのかゆみにはTRPV1とTRPA1が 関わっていることを明らかにしました。
  3. LPAが細胞外から代謝型受容体に作用し、細胞内でLPAが再合成されて細胞内からTRPA1を活性化することが明らかになりました。
  4. LPAが作用するTRPA1のアミノ酸が明らかになりました。
  5. 細胞内でLPAを再合成する際に必要な酵素活性を阻害する薬剤によって、LPAによるマウスのかゆみ行動が減少することがわかりました。

図1 チークインジェクション法およびLPAのもたらす行動

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(左)かゆみ物質は後ろ足によるひっかき行動を、痛み物質は前足によるワイピング行動をもたらします。(Shimada et al., Pain (2008)から改変引用)
(右)LPAはひっかき行動をもたらし(右上)、ワイピング行動はもたらさない(右下)。

図2 TRPV1とTRPA1を持たないマウスのLPAによるかゆみ行動

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この研究の社会的意義

LPAがTRPV1およびTRPA1を介してかゆみをもたらすメカニズムが明らかになったことで、TRPV1およびTRPA1を標的としたかゆみ止め成分の開発が行われることが期待されます。

論文情報

Kittaka H, Uchida K, Fukuta N, Tominaga M. Lysophosphatidic acid-induced itch is mediated by signaling of LPA5 receptor, phospholipase D and TRPA1/TRPV1. J. Physiol. (in press)

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
細胞生理研究部門
教授 富永 真琴 (トミナガ マコト)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

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自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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