「ウイルスは生物か非生物か?」という議論は現在でも度々行われます。これはウイルスが生物と同じ遺伝子をもち、タンパク質でできていて、生物のように増殖するからです。しかし、ウイルスは生物の最小単位である細胞よりもはるかに小さく構造も単純で、生命の基本と言える「自己複製」能力を持ちません。ピソウイルスは2014年にシベリアにある3万年前の氷床コアから発見された世界で最も大きなウイルスです。全長が大腸菌とほぼ同じ2 μm*1程度あり形も同じ紡錘形をしています。しかし、自己複製能力がなくアメーバの細胞の中でのみ増殖します。今回、生理学研究所の村田和義准教授とウプサラ大学の岡本健太研究員らの研究チームは、ピソウイルスの構造を複数の特殊な低温電子顕微鏡を使って詳細に解析し、本ウイルスが生物のような形態的特徴をいくつも有することを世界で初めて明らかにしました。 本研究結果は、10月16日にScientific Reports誌に掲載されました。 |
2003年に、それまで細菌と考えられていたブラッドフォード球菌が実は巨大なウイルスであることが判明し、大きな話題となりました。そして、英語のミミック(真似る)からミミウイルスと名付けられました。これがきっかけとなり、現在、世界各地で巨大ウイルス*2の発見が相次いています。本来、ウイルスは「細胞よりもはるかに小さく構造も単純であるがゆえに自己複製能力を持たず、他の細胞に感染して増殖する」という考えが一般的でしたが、巨大で複雑なウイルスの存在が明らかとなり、これまでのウイルスの概念が塗り替えられるとともに、「このような巨大ウイルス*2がなぜ存在するのか?」という新たな疑問が巻き起こりました。
このような状況の中、2014年にピソウイルスはシベリアの永久凍土から採掘された3万年前の氷床コアから発見されました。その形状がピトス(Pithos)と呼ばれる紡錘形の甕(かめ)の形に似ていることからその名がつけられました。そして、これがこれまでで最大の大きさ(約2 μm*1)を持つウイルスであることが明らかとなりました。しかし、この数ミクロンの大きさのウイルスの詳細な構造を顕微鏡で調べることは容易ではありませんでした。その大きさはちょうど光学顕微鏡の解像限界と電子顕微鏡の透過能限界の間に入る大きさであったからです。そこで、これまでピソウイルスの形態解析は、ウイルスを樹脂に包埋し、これを薄くスライスして観察する方法が用いられてきました。しかし、この方法ではたまたま切片となった一断面の構造情報のみしか得られず、ウイルス全体を通した自然に近い状態の構造を観察することができませんでした。
今回研究チームは、ピソウイルスの形態解析に低温超高圧電子顕微鏡*3と分光型低温電子顕微鏡*4の2台の特殊な顕微鏡を用いることで、自然に近い状態の詳細なウイルスの全体構造を解析することに世界で初めて成功しました。結果、ピソウイルスは、0.8~2.5 μmの多様な大きさを持ち、ウイルス粒子内部には膜で仕切られたような空間があることがわかりました。また、粒子の表面は粘液のような物質で覆われていて、粒子内部は比較的均一でミミウイルスの8割弱の密度であることがわかりました(図1)。これらのことから、ピソウイルスはこれまで知られているウイルスとは異なり、むしろ生物である細菌に近いような構造形態をしていることがわかりました。
今回の成果は、「ウイルスは自己複製能を捨ててしまうほど究極に小さくて単純な存在である」というこれまでの概念を打ち崩すだけでなく、生命の進化において、ウイルスがどのように進化し、生物がどのように生まれてきたかについても大きな示唆を与えることが期待されます。
本研究は、科研費新学術領域研究「ネオウイルス学」、生理学研究所超高圧電子顕微鏡共同利用実験の支援を受けて行われました。
1. ピソウイルスは、0.8~2.5 μm*1の多様な大きさを示すことがわかりました。
2. ウイルスの内部には膜で仕切られたような空間があることがわかりました。
3. ウイルスの表面は粘液のような低密度の物質で覆われていることがわかりました。
4. 内部は均一で、ミミウイルスの8割弱の密度であることがわかりました。
これまで「ウイルスは自己複製能力も持ちえないほど究極に小さくて単純な存在」と考えられてきましたが、本研究によりピソウイルスが多様な大きさと複雑な構造を合わせ持つことが明らかとなりました。この成果は、これまでのウイルスに対する概念を打ち崩すだけでなく、ウイルスがどのように進化し、また細胞生物がどのように生まれてきたかについても大きな知見を与えるものであります。また、「ウイルスは生物か非生物か?」の論争に止まらず、「生物はウイルスから進化したか、それともウイルスが生物から進化したか」という最新の生物論争にも大きなヒントを与えると期待されます。
Structural variability and complexity of the giant Pithovirus sibericum particle revealed by high-voltage electron cryo-tomography and energy-filtered electron cryo-microscopy
Kenta Okamoto, Naoyuki Miyazaki, Chihong Song, Filipe R.N.C. Maia1, Hemanth K. N. Reddy, Chantal Abergel, Jean-Michel Claverie, Janos Hajdu, Martin Svenda, & Kazuyoshi Murata
Scientific Reports 2017年10月16日日本時間午後6時オンライン版掲載
https://www.nature.com/articles/s41598-017-13390-4
<研究について>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
脳機能計測・支援センター 准教授 村田 和義(ムラタ カズヨシ)
<広報に関すること>
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所
研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所
スエーデン ウプサラ大学