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神経細胞の脳内の位置を決定するしくみ

プレスリリース 2018年1月18日

研究成果は、欧州科学誌「EMBO Journal(エンボジャーナル)」電子版に
2018年1月18日(中央ヨーロッパ時間正午)掲載
(日本時間1月18日午後8時)

内容

 名古屋市立大学大学院医学研究科の澤本和延教授(生理学研究所客員教授)と澤田雅人助教らは、名古屋市立大学大学院薬学研究科、生理学研究所、自治医科大学、米国シンシナティ子供病院の研究者と共同で、脳内を移動するニューロンが正しい位置で停止して成熟する新しいメカニズムを解明しました。
 脳の中には様々な種類の神経細胞(ニューロン)が決まった位置に配置されて、高度な機能を持つ神経回路を作っています。脳の中で神経幹細胞からニューロンが生まれた後、未熟なまま長距離を移動していくことが知られています。しかし、ニューロンの配置のために重要な目的地での停止と成熟のしくみについては、不明な点が多く残されています。
本研究では、マウスを用いた実験によって、ニューロンが目的地に近づいて移動を停止する際に、特殊な突起(FLP)を伸ばすことを見出しました。ニューロンの移動中は、PlexinD1という周囲の情報を受け取る蛋白質のはたらきによって、この突起の形成が抑制されています。この蛋白質のはたらきが弱まると突起が形成され、移動を停止させることがわかりました。さらに、この停止のしくみによってニューロンを脳内に正しく配置することが、脳の機能に重要であることも示しました。
 本研究の成果は、例えば脳梗塞などの脳疾患で失われたニューロンを再生させる方法の開発や、ニューロンの移動の異常によって生じる病気の研究に役立つことが期待できます。

ポイント

  ・脳内の神経幹細胞から生まれたニューロンは、未熟な形態を保ちながら目的地まで移動し、停止する過程で複雑な形へと変化しながら成熟します。

   ・本研究では、未熟なニューロンが目的地で移動を停止する過程で、FLPと呼ばれる突起を伸ばすことを発見しました。

   ・PlexinD1シグナルというガイダンス因子が、FLPの形成及びニューロンの移動停止を調節することを明らかにしました。

・  FLP形成を調節するしくみが、脳内でニューロンの正しい配置を決定し、脳機能に重要な役割を果たすことが分かりました。

1 背景

脳内の神経幹細胞から生まれたニューロンは、目的地まで長い距離を未熟な形態を保ったまま移動します。目的地に到着すると、ニューロンは徐々に移動を停止し、樹状突起と呼ばれる突起を複雑に伸ばしながら成熟したニューロンになります。未熟なニューロンは、移動を停止した脳内の位置によって異なる種類のニューロンへと成熟し、異なる脳機能を担うことから、ニューロンの移動停止過程を調節するしくみは脳の形成及び機能発現に極めて重要だと考えられています。これまでに、ニューロンが目的地まで移動を維持するしくみについてはよく調べられてきましたが、目的地で移動を停止するしくみについてはよく分かっていませんでした。

2 研究成果

本研究では、マウスを用いた実験で、脳内でニューロンの移動が活発に生じている「嗅球」に着目しました。嗅球内を移動するニューロンの動きを顕微鏡で観察したところ、ニューロンが移動を停止する過程で「FLP」と呼ばれる突起を伸ばすことを発見しました(図1左)。FLPが伸びると、ニューロンの移動に重要な細胞骨格タンパク質である微小管のネットワークが変化し、ニューロンの移動停止が促進されることが分かりました。

 次に、FLPの形成を調節するしくみを調べました。活発に移動しているニューロンでは、PlexinD1シグナルというガイダンス因子のはたらきによってFLPの形成が抑制され、未熟な形態が維持されていることが分かりました(図1左)。一方で、ニューロンが移動を停止する過程では、このシグナルのはたらきが弱まることでFLPが形成されることを明らかにしました(図1左)。

 最後に、FLPの形成を調節するしくみがニューロンの移動停止及び嗅球の機能に与える影響を調べました。PlexinD1をなくしたマウスでは、ニューロンが嗅球内を遠くまで移動できずに停止し、成熟してしまう様子が観察されました(図1右)。さらにこのマウスは、新しい匂いへの慣れや異なる匂いの嗅ぎ分けといった嗅覚機能に異常が見られました(図1右)。
 以上の結果から、移動する未熟なニューロンでFLPを調節するしくみが、脳内のニューロンの配置や機能に重要な役割を持つことが示されました。

20180118sawamoto.png図1:本研究の概要図
(左)ニューロンが移動を停止する過程でFLP(赤字)と呼ばれる特殊な突起を伸ばすことを発見。移動中の未熟な形のニューロンは、PlexinD1シグナルのはたらきによってFLPの形成が抑制されているが、それが弱まるとFLPが形成され、移動が停止する。正しい目的地に到着したニューロンは嗅覚機能に関与する。
(右)PlexinD1をなくしたマウスでは、ニューロンは移動中の未熟な形を維持できず、目的地まで正しく移動することができない。嗅覚の機能も異常になる。

3 展望

脳梗塞をはじめとする脳疾患に対する再生医療では、傷害で失われたニューロンを補うために、正しい位置にニューロンを再生させる必要があります。嗅球へと移動するニューロンは、脳傷害後には傷害部位へと移動方向を変え、失われたニューロンを再生する能力があることが分かってきました。本研究の成果にもとづき、傷害部位へと移動するニューロンのFLPの形成を適切に抑制して、脳内の正しい位置に誘導することができれば、新しい神経再生戦略の一つになりうると考えられます。 

掲載された論文の詳細

【論文タイトル】
PlexinD1 signaling controls morphological changes and migration termination in newborn neurons

【著者】
Masato Sawada1, Nobuhiko Ohno2,3, Mitsuyasu Kawaguchi4, Shih-hui Huang1, Takao Hikita1, Youmei Sakurai1, Huy Bang Nguyen2, Truc Quynh Thai2, Yuri Ishido1, Yutaka Yoshida5, Hidehiko Nakagawa4, Akiyoshi Uemura6, and Kazunobu Sawamoto1,7*

1 名古屋市立大学大学院医学研究科 再生医学分野 2自然科学研究機構 生理学研究所 分子神経生理研究部門 3自治医科大学医学部 解剖学組織学部門 4 名古屋市立大学大学院薬学研究科 薬化学分野 5シンシナティ子供病院医療センター 発生生物学部門 6名古屋市立大学大学院医学研究科 網膜血管生物学分野 7自然科学研究機構 生理学研究所 神経発達・再生機構研究部門

【掲載学術誌】
「The EMBO Journal(エンボジャーナル)」

This is the DOI of the article: 10.15252/embj.201797404
Please cite your paper in your press release using a full citation and the link to your article:

http://emboj.embopress.org/cgi/doi/10.15252/embj.201797404

The link will work as soon as the article is published.



【研究助成】
本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金などによる助成を受けて行われました。

【お問い合わせ先】
《研究全般に関するお問い合わせ先》
澤本 和延(さわもと かずのぶ)
名古屋市立大学大学院医学研究科 教授
自然科学研究機構 生理学研究所  客員教授
〒467-8601 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
 

リリース元

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名古屋市立大学
自然科学研究機構 生理学研究所

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