ジストニア(*1)は、体の筋肉が勝手に収縮を起こすため、自分の意思通りに体を動かすことができなくなってしまう神経難病です。脳の中の信号に異常があることは知られていましたが、どのような信号の異常によって意図しない筋肉の収縮がおきるのか、そのメカニズムは分かっていませんでした。
今回、自然科学研究機構・生理学研究所、総合研究大学院大学・生理科学専攻の知見聡美(ちけん・さとみ)助教、南部篤(なんぶ・あつし)教授のグループは、米国マウントサイナイ医科大のプラニパリ・シャシドハラン博士と共同で、ヒトのジストニアの原因遺伝子を組み込むことによって新たに開発したジストニアのモデルマウスを使い、脳の中の神経細胞の働きをマウスが覚醒した状態で研究しました。特に、研究グループは、運動の制御に関わる脳の領域の1つである大脳基底核と呼ばれる部分に注目。その中で生じる信号の異常が原因であることを明らかにしました。本来ならば、大脳基底核からの信号によって不必要な運動が起こらないように抑えられているところを、ジストニアのマウスではその信号が弱まり、異常な筋収縮が起こりやすくなっていたのです。
南部教授と知見助教は、「今回の発見が、ジストニアで意図しない筋収縮が生じる根本的なメカニズムと思われる。このマウスでの実験をすすめれば、本疾患の新たな治療法開発にもつながる」と話しています。
米国神経科学会雑誌(ジャーナルオブニューロサイエンス)12月17日(日本時間12月18日)に電子版が発表されます。
*1 ジストニアについては、2008年4月29日毎日新聞特集「ジストニア」など参照。日本では現在約2万人の患者がいるとされている。
この研究成果は、科学研究費補助金の交付をうけて行った研究の成果です。
神経難病ジストニアの原因遺伝子を組み込むことによって新たに開発したジストニア・モデルマウスを使い、脳の中の神経細胞の働きをマウスが覚醒した状態で調べたところ、大脳基底核(図1)と呼ばれる「運動の調整」を行う部分で生じる信号の異常が見つかった。不必要で意図しない筋肉の運動を抑える仕組みが弱まっていた(図2、3)。これがジストニアで勝手な筋収縮が生じる根本的なメカニズムであると考えられた(図4にまとめ)。
大脳基底核は、「運動の調整役」。大脳表面(大脳皮質)で運動の指令を出す運動野(「運動の指令塔」)からの情報を受け取り、運動野の活動を抑える信号を出す。この“運動野の活動を抑える信号”の強さを変えることで、運動野が出す運動の指令の強さやタイミングの調節を行っている。
正常マウスでは、大脳基底核(淡蒼球内節)の神経細胞は常に活発に活動し、運動野の活動を抑える信号を送り、不必要な運動の指令が出されないように調整している。
一方、ジストニア・マウスでは、大脳基底核の神経細胞の活動が減り、運動野の活動を十分に抑え調整することが出来ないため、意図しない筋肉の収縮が起こりやすい状態になっている。
運動野を電気刺激することで、人工的に運動の指令を送らせたときの、大脳基底核の神経活動。
正常マウスでは、大脳基底核の神経細胞は、運動野からの指令をうけてごく短時間(0.01秒程度)だけ活動が減るため、短時間だけ運動野の活動を抑える信号が出されなくなり、意図的な運動をタイミングよく行うことができる。そのため、適切な強さとタイミングで運動野から運動の指令が出される。
一方、ジストニア・マウスでは、長い間(0.1秒以上)活動が減り、運動野の活動を抑える信号が出されなくなる。そのため、運動野の神経活動が適切に調整できず、運動野から不必要に長く強い運動の指令が出され続け、意図しない筋肉の収縮が起こる。
正常であれば、大脳基底核(運動の調整役)の活動により、運動野(運動の指令塔)からの運動の指令が適切な強さとタイミングで出されるように調節されているため、意志通りに上手な運動が出来る。
一方、ジストニア・マウスの場合には、大脳基底核の神経活動が減り、大脳基底核から出る“運動野の活動を抑える信号”が弱まってしまう。それによって、運動野から不必要な運動の指令が出され、筋肉が意図せず勝手に収縮して思い通りに動かなくなる。
ジストニア・モデルマウスを用いた本研究で分かった「筋肉の勝手な運動を起こすメカニズム」は、ジストニアの症状発現の根本的なメカニズムであると考えられます。そこで、この神経の働きを薬などで正常に戻すことができれば、ジストニアでみられる「筋肉の勝手な運動」を起こさせなくすることができるかもしれません。
Cortically Evoked Long-Lasting Inhibition of Pallidal Neurons in a Transgenic Mouse Model of Dystonia Satomi Chiken, Pullanipally Shashidharan, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌(ジャーナルオブニューロサイエンス)12月17日電子版掲載