「良く噛むことは、脳を活発にさせる」ということを、自然科学研究機構・生理学研究所の柿木隆介教授、坂本貴和子研究員が明らかにしました。チューインガムを噛むと脳が活発になることを科学的に証明したものです。顎の運動だけではその効果はなく、ガムなどモノを噛むことで脳を活発にすることが分かりました。坂本研究員は「メジャーリーガーが試合中にガムを噛むことや、車の運転中にガム噛みを行うことによる、脳の覚醒効果の根拠が、生理学的に証明された。ただし、噛むことで“頭が良くなる”という説の裏付けではないので注意が必要」と言っています。国際臨床神経生理学会誌オンライン版(11月19日)に掲載された研究成果です。
良く噛むこと(咀嚼)が消化に良いことは以前から言われていましたが、それと同様に、脳の働きを活性化するのではないか?という説も根強くあります。例えば、野球のメジャーリーガーの多くはバッティングの直前までガムを噛んでいて、打つ直前に噛む事をやめてバッティングを行います。これは投球への集中力を高める事に効果があるのではないか、あるいは噛む事によって脳が活性化されるためにバッティング技術が向上するのではないか、と考えられてきましたが、これまで科学的に証明された事はありませんでした。私達は、これを証明するために脳波を使って実験を行いました。脳波反応の1つとして有名なものに、P300というものがあります。この反応は、何らかの刺激が与えられてから300ミリ秒(0.3秒)後に出現する陽性(Positive)の反応です。臨床医学では、加齢や痴呆によって反応が遅延することを利用して、病気の早期診断に使われています。また、脳が活性化すると反応時間が短くなることも良く知られています。
私達は、健常被験者に5分間、無味・無臭のチューインガムを噛んでいただき、その直後に音刺激を用いてP300を測定しました。このタスクを3回繰り返し、タスクとタスクの間にも同様のガム噛みを行いました。またボタン押しによる反応時間も同時に計測しました。比較のために、(1) 何もしない、 (2) 噛むのと同じような顎の運動はするが、実際には噛まない、(3) 手指の運動(タッピング)を行う、という条件でも同様の実験をしました。すると、噛む時には、反応時間とP300反応の潜時(出現までの時間)が有意に短縮し、この運動を繰り返せば繰り返すほどその効果は顕著でした。しかし、何もしない時には変化は見られず、顎や指の運動ではむしろ反応が遅くなりP300の潜時は延長、しかも繰り返せば繰返すほど、その傾向は強くなりました。
この結果は、良く噛むこと(咀嚼)は脳を活性化することを明確に示し、それは類似の顎の運動や、単なる指の運動では出現せず、良く噛むこと(咀嚼)が特別に大切である事を示しています。メジャーリーガーがガムを噛んでいることは効果的であり、脳を活性化させる意味があることを世界で初めて明らかにしました。このような効果が出現する理由は明確ではありませんが、私達はいくつかの仮説を提唱しています。 この研究は、国際臨床神経生理学会誌に11月19日に掲載されました。
ガムを噛んだときと、噛まずに顎だけ動かすときの、脳の活動を、脳波を使って調べたところ、ガムを噛むときには、P300と呼ばれる特殊な脳波の反応が早くなりました。ガムを噛むことで脳が活発になっていると考えられました。良く噛むことで脳が活発になることを科学的に証明しました。
刺激をうけてから、300ミリ秒後に出てくる特殊な脳波。刺激を脳が感じる過程で生じる脳波で、早くなれば、脳が活発に働いていると言える。
ガムを噛んだときと、顎を動かすだけのときを比較すると、ガム噛みを繰り返すことで、P300が早く現れるようになる。脳が活発に働くことを表しています。
車の運転中にガムを噛むと脳が覚醒し活発になることを、生理学的に証明しました。また、メジャーリーガーが試合のときにガムを噛んでいることは効果的であり、脳を活性化させる意味があることを明らかにしました。
頭が良くなるということは、知能や認知力が高まる、ということを意味していますが、今回の実験では、あくまで脳の働きが噛めば噛むほど短期的に活発になることは言えても、そうした脳の長期的な働きである知能や認知力が高まるとは言えません。
Sakamoto K, Nakata H, Kakigi R:
The effect of mastication on human cognitive processing: A study using event-related potentials.
Clinical Neurophysiology, on Nov. 19
国際臨床神経生理学会誌に11月19日に電子版掲載
柿木 隆介 教授
坂本 貴和子 研究員
生理学研究所 広報室