ヒトの皮膚は周りの環境に接しているため、夏の暑い日差しや風雨の寒さに最初にさらされる部分であり、環境によって体が熱くなったり冷たくなったりするのを防ぐ最前線です。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の富永真琴教授、曽我部隆彰助教、および、名古屋大学医学部の水村和枝教授の研究グループは、皮膚の中に入り込んでいる神経ではなく、皮膚の角化細胞そのものが、直接、そうした環境の温度変化、とくに「温かさ」を感じていることを初めて証明しました。欧州生理学雑誌に掲載されます。
ヒトの皮膚は、表皮ともよばれるケラチノサイト(角化細胞)でおおわれています。これまではこうした表皮のケラチノサイト(角化細胞)の下に潜り込んでいる皮膚の神経で温度を感じていると思われていました。今回、研究チームは、神経ではなく、ケラチノサイト(角化細胞)が直接温度を感じられないか注目して研究をすすめたところ、ケラチノサイト(角化細胞)にあるTRPV3(トリップ・ブイ・スリー)センサーが、温度を感じていることを明らかにしました。さらに詳細に調べたところ、TRPV3センサーは、環境の温度が、私たちが”あたたかい”と感じ始める30度を超えると大きく反応することがわかりました。また、TRPV3センサーが反応すると、ケラチノサイト(角化細胞)からはATPと呼ばれる物質が放出され、神経にその温度情報を伝えていました。
曽我部助教は、「環境温度の変化から身を守るのに、皮膚組織そのものが大切であることが分かった。また、TRPV3センサーを対象にした化粧品や医薬品によって、皮膚の”温度感覚の制御”ができることになる。“温かさ“を感じたり、逆に抑えたりするために効果的な方法・素材・物質が見つかるかもしれない。」と話しています。
本成果は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
これまで、熱さや冷たさは皮膚に入り込んでいる感覚神経の末端が感じていることは知られていましたが、「温かさ」がどのように感じることができるのかは分かっていませんでした。今回、皮膚ケラチノサイト(角化細胞)にあるTRPV3(トリップ・ブイスリー)センサーが「温かい」温度に反応し、ケラチノサイト(角化細胞)からATPを放出させることが明らかになりました(図2参照)。ATPは、近くの神経(ATPセンサーを持つ神経)を活性化することで温度情報を脳の中枢へ伝え、「温かい」と感じていると考えられました。
ケラチノサイト(角化細胞)のすぐ近くに、ATPに反応するセンサーを持った細胞(“ATPセンサー”細胞)をおいて熱刺激を加えたところ、ATPセンサー細胞が反応しました(電流が大きく流れた)。つまり、熱刺激によってケラチノサイト(角化細胞)からATPが放出されたことを意味しています。
皮膚の神経ではなく、ケラチノサイト(角化細胞)そのものが環境の温度、とくに「温かさ」を感じる最前線であることが証明されました。このときに働く温かさのセンサーであるTRPV3センサーを対象にした化粧品や医薬品を開発することによって、皮膚の”温度感覚の制御”ができることになります。“温かさ“を感じたり、逆に抑えたりするために効果的な方法・素材・物質が見つかるかもしれません。
TRPV3 in keratinocytes transmits temperature information to sensory neurons via ATP Sravan Mandadi, Takaaki Sokabe, Koji Shibasaki, Kimiaki Katanosaka, Atsuko Mizuno, Aziz Moqrich, Ardem Patapoutian, Tomoko Fukumi-Tominaga, Kazue Mizumura and Makoto Tominaga
Pfluger Archiv. Eur. J. Physiol. 458: 1093-1102, 2009.
生理学研究所 細胞生理研究部門
曽我部 隆彰 助教 (そかべ たかあき)
生理学研究所・広報