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グルタミン酸受容体のシナプス内分布とその生理的意義

研究報告 2009年11月10日

概要

多くの神経細胞同士は、1 µm²以下のごく小さい面(シナプス接合部)を介して、信号の受け渡しを行なっている。これまで我々の研究室では、急速に凍結した脳組織標本を割断することで、シナプス接合部をあらわにし、受容体に対する免疫抗体標識を行ない、これを電子顕微鏡で観察することで、シナプスにおける受容体の多様な二次元分布様式を明らかにしてきた。

本研究では、外側膝状体中継細胞へのシナプスに注目した。この細胞は、網膜からの強力なシナプス入力を受け取り、受け取った信号を大脳皮質へ伝えるとともに、大脳皮質からは微弱なフィードバック・シナプス入力を受け取ることが知られている。網膜からのシナプス入力(RGシナプス)、および皮質からのシナプス入力(CGシナプス)は、ともに、グルタミン酸作動性であるが、同じ細胞へのこの二種類のシナプス間で、個々のシナプスの面積や受容体分布パターンが全く異なることが明らかになった。要約すると、1)シナプス面積は、RGはCGの約半分、2)シナプス内に発現しているAMPA型グルタミン酸受容体の平均数は同程度、したがって、3)受容体密度は、RGのほうがCGの倍程度の違いがあること等が明らかになった(図1)。

ここで疑問になった点は、シナプスにおける信号伝達の強さを決める要因として、シナプス内での受容体の「総数」あるいは「密度」のどちらが重要なのかという点であった。シナプス間隙でのグルタミン酸拡散、および受容体応答をシミュレーションしたところ、単一シナプスの素量応答の強度を決めるのは、シナプス内に発現している受容体の「数」であって、受容体「密度」や受容体の不均一な分布は、シナプス伝達の強度やばらつきを決めるのには、あまり大きな役割を果たしていないことが予測された(図2)。そこで、個々のシナプス入力を電気生理学的に記録したところ、AMPA受容体を介した素量応答は、RGおよびCGで差がないことが明らかになった。単一シナプス応答の振幅及びばらつきは、多少の受容体分布様式の違いに左右されず、もっぱら受容体の数だけで規定されるように、シナプスはコンパクトな構造を形作っていることが示唆された。

論文情報

Etsuko Tarusawa, Ko Matsui*, Timotheus Budisantoso, Elek Molnár, Masahiko Watanabe, Minoru Matsui, Yugo Fukazawa*, Ryuichi Shigemoto (2009)
Input-Specific Intrasynaptic Arrangements of Ionotropic Glutamate Receptors and Their Impact on Postsynaptic Responses.
The Journal of Neuroscience, 29(41):12896-12908.
(* Corresponding authors)

【図1】 入力元の異なるシナプス間では、シナプス形態・受容体分布が異なる

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外側膝状体中継細胞のシナプス後部の凍結割断レプリカ標識像。皮質(CG)からのシナプス、網膜(RG)からのシナプスの例。黒線で囲まれた領域がシナプス部位、黒点はAMPA型グルタミン酸受容体の標識の位置。CGシナプスのほうが面積が広いが、どちらのシナプスもAMPA受容体の標識数は同程度であるので、AMPA受容体の密度としては、RGのほうが高い。また、CGシナプスには、AMPA受容体標識の少ない箇所が見られ、AMPA受容体分布が不均一である。

【図2】 多様なAMPA受容体分布が与えるシナプス応答への影響の解析

凍結割断レプリカ標識で明らかにされた、CGおよびRGシナプスのAMPA受容体分布をもとに、グルタミン酸拡散および受容体応答のシミュレーションを行なった。左図では、AMPA受容体の位置が黒点で表示されている。AMPA受容体クラスター付近(赤四角)で、グルタミン酸放出が起きた場合に生じるシナプス応答波形が、中図の赤線で表示されている。受容体の少ない空白地帯(黄四角)で放出が起きた場合のシナプス応答波形は、中図の黄線。放出部位に応じたシナプス応答振幅を、左図でグレースケール表示。右図は、シナプス応答振幅のヒストグラム。シミュレーションにより、1)シナプス応答振幅は、放出部位にあまり依存しないこと、2)受容体密度の異なるCGおよびRGシナプス間で、シナプス応答振幅に大きな違いは見られないこと、3)シナプス応答振幅を規定するのは、もっぱら受容体の数であること、などが明らかになった。

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