血管内皮増殖因子 (VEGF) はマクロファージ (注1) や腫瘍細胞で発現し、血管透過性と血管新生の促進作用をもっています。VEGFは全身炎症に伴う血圧の低下や癌の増殖といった様々な病態において重要な役割を果たしていることが知られており、VEGFの中和抗体は進行大腸癌の治療薬として広く使われています。しかしVEGFの発現を抑制する分子があるかどうかは不明でした。今回、生理学研究所の丸山医師らのグループは、マクロファージで強く発現するZinc finger proteinのSt18という遺伝子に着目し、St18をマクロファージでのみ欠損するマウスを作成しました。その結果、このマウスでは (1) 全身の血管透過性が亢進すること、 (2) 網膜や腸の血管が増生すること、(3) 敗血症 (注2) や薬剤性腸炎に対して脆弱となることが明らかになりました。また、これらの現象を説明するメカニズムを探索し「マクロファージのSt18はVEGFの発現をSp1という転写因子を抑制することで抑えている」ことを発見しました。これらの結果は、マクロファージにおけるSt18の発現レベルを調節することで、敗血症や腸炎、癌といったVEGFのかかわるさまざまな疾患の治療を開発できることを意味しています。本研究結果は米科学誌のCell Reports(日本時間2020年 7月 15日午前0時解禁)に掲載されました。 |
近年、Zinc finger proteinのSt18という遺伝子が肝臓癌において炎症を促進させることが報告されました。St18の発現を抑制させた肝臓癌の細胞では炎症性サイトカイン(注3)遺伝子の発現が低下することから、St18が癌の新たな治療標的となるのではないかと期待されています。我々は、St18が癌細胞よりも免疫細胞であるマクロファージで非常に強く発現していることを見出しました。しかし、St18が敗血症や腸炎といった免疫現象の絡む病態において如何なる役割を果たしているのかは不明でした。そこで、マクロファージで特異的にSt18を欠損させたマウスを作成し、表現型解析を行いました。その結果、意外なことに、このマウスは炎症性サイトカイン遺伝子の発現は正常であるにもかかわらず、敗血症や薬剤性腸炎ですぐに死んでしまうことが分かりました。敗血症や薬剤性腸炎では血管透過性が上昇することで血圧が低下し、このことが原因で個体は死に至ります。そこで、エバンスブルーと呼ばれる色素を静脈に注射し、一定時間後にさまざまな臓器をとりだして当該色素の濃度を測定したところ、マクロファージで特異的にSt18を欠損させたマウスでは野生型マウスよりも濃度が高くなっていることがわかりました。このことは、マクロファージにおけるSt18の欠損が全身の血管透過性を高めていることを意味します。また、網膜や腸に分布する血管の数はマクロファージで特異的にSt18を欠損させたマウスで有意に増加していたことから、マクロファージにおけるSt18の欠損は個体全体の血管透過性の亢進のみならず、血管新生の増大をもたらすことが明らかとなりました。
次に、こうした表現型の発現する分子メカニズムを明らかにする目的で遺伝子発現解析(注4) をおこなったところ、血管透過性と血管新生の促進作用を持つVEGFの発現がSt18を欠損するマクロファージで上昇していることが明らかとなりました。そこで、マクロファージで特異的にSt18を欠損させたマウスにVEGFのシグナルを抑制するAxitinibという薬剤を投与したところ、敗血症と薬剤性腸炎に対する死亡率は野生型と同程度となりました。それ故、マクロファージで特異的にSt18を欠損させたマウスの表現型はVEGFの過剰な産生に起因していることが明らかとなりました。次に、St18が欠損するとどうしてVEGFの発現が上昇するのかを明らかにする目的で、VEGFのプロモーター (注5) の解析を行いました。その結果、VEGFのプロモーターにはSp1と呼ばれる転写因子 (注6) の結合する配列が存在することがわかりました。そこで、マクロファージの培養細胞にSp1を過剰発現させたところ、VEGFのプロモーターが活性化することでVEGFの発現が誘導されることがわかりました。このことは、Sp1がVEGFの発現を誘導する転写因子であることを意味しています。実際、St18を欠損するマクロファージでは野生型よりもたくさんのSp1がVEGFのプロモーターに結合しており、St18を欠損するマクロファージから産生されるVEGFの量はSp1の阻害剤をふりかけることで正常化しました。最後に、生化学的解析を駆使することでSt18とSp1の関係性を調べたところ、St18はSp1と直接結合することで、Sp1のVEGFのプロモーターへの結合を阻害していることが明らかになりました。
丸山医師は「今回の研究で、マクロファージのSt18はVEGFを強力に抑制することがわかった。今後は、マクロファージのSt18を誘導することのできる化合物を探索することで、VEGFのかかわる様々な疾患の新しい治療につなげてゆきたい。」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金、一般社団法人Jミルクの補助 (研究代表者:丸山健太) を受けて行われました。
(注1) マクロファージ:白血球の一種で、生体内に侵入してきた病原体を捕食して分解する細胞。
(注2) 敗血症:重篤な細菌感染に伴う全身性の炎症反応により、血圧の低下や多臓器不全を生じる病態の総称。
(注3) 炎症性サイトカイン:マクロファージをはじめとする免疫細胞から分泌される、炎症反応を促進する働きのある可溶性蛋白質の総称。代表的なものとしてTNF-αやIL-1βなどがある。
(注4) 遺伝子発現解析:複数のサンプル間で複数の遺伝子の発現レベルを網羅的に比較する研究手法。
(注5) プロモーター:DNAを鋳型としてRNAを合成するプロセス(=転写)の開始に関与する、遺伝子の上流領域に位置するDNA配列のこと。
(注6) 転写因子:DNAのプロモーター領域に結合することで転写を開始させることのできる蛋白質の総称。
図1 マクロファージのSt18はSp1を抑制することを介してVEGFの発現をおさえる
今回の知見は、VEGFのかかわる様々な疾患 (敗血症、腸炎、癌など) の理解と制御につながることが期待されます。
Zinc finger protein St18 protects septic death by inhibiting VEGF-A from macrophages.
*Kenta Maruyama, Hiroyasu Kidoya, Naoki Takemura, Erika Sugisawa, Osamu Takeuchi, Takeshi Kondo, Mohammed Mansour Abbas Eid, Hiroki Tanaka, Mikaël M. Martino, Nobuyuki Takakura, Yasunori Takayama, Shizuo Akira, Alexis Vandenbon and Yutaro Kumagai *責任著者
Cell Reports(日本時間2020年7月15日午前0時掲載)
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体機能調節研究領域
特別協力研究員 丸山健太 (マルヤマケンタ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所