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腸内細菌物質が腸のはたらきと骨形成を制御する仕組みを発見
―細菌RNAが機械刺激受容体を活性化し,セロトニンホルモンを産生する―

プレスリリース 2020年7月 8日

内容

 我々の血圧は常に一定範囲に保たれるよう調節されていますが,こうした恒常性の維持には,血管に発現するPiezo1(ピエゾ ワン)と呼ばれる機械刺激受容体(注1)が中心的な役割を担っています。Piezo1は血管のみならず腸でも発現していますが,腸でのPiezo1の役割は不明でした。今回,Piezo1をマウスの腸管上皮細胞でのみ欠損させたマウスを作製したところ,このマウスでは,(1) 腸の蠕動運動が低下すること,(2) 薬剤性腸炎に耐性を示すこと,(3) 骨量が増加することが観察されました。この一見,無関係に思われる複数の現象を説明するメカニズムを探索した結果,「マウスの糞便中に含まれる腸内細菌由来のRNA分子が腸のPiezo1受容体を活性化し,セロトニン(注2)ホルモンの産生を誘導している」という全く新しい事実がわかりました。つまり,Piezo1が欠損することで,腸内でのセロトニンの産生が減少し,腸や骨といった本来セロトニンが作用する臓器に影響が及んだと考えられました。これらの結果は,糞便中の細菌RNA(注3)がPiezo1を介して腸と骨の恒常性を維持していることを示唆すると同時に,腸内RNA量の制御によって便秘,腸炎,骨粗鬆症などの治療を開発できることを意味しています。

 近年,Piezoファミリーと呼ばれるイオンチャネル(注4)が細胞膜の張力変化(伸展)に応じてCaイオンを透過させることが示され,生体の機械刺激受容の分子メカニズムが徐々に明らかとなってきました。PiezoファミリーにはPiezo1とPiezo2と呼ばれる2種類の遺伝子が存在し,前者は血流センサーとして血圧の感知に関わること,後者は痛覚神経における機械刺激受容を担っていることが報告されています。我々は,Piezo1が血管内皮細胞以外に,腸管上皮細胞と骨代謝細胞で発現していることを見出しました。
しかし,Piezoファミリーが,腸の蠕動運動 (注5) や骨代謝,ならびに腸炎などの病態において如何なる役割を果たしているのかは不明でした。そこで,腸管上皮細胞あるいは骨代謝細胞で特異的にPiezo1を欠損させたマウスを作製し,表現型解析を行いました。その結果,意外なことに,腸管上皮細胞でPiezo1を欠損させたマウスにおいて,骨形成が亢進し骨量が増加していることがわかりました。次に,近赤外蛍光プローブを経口投与して腸管の蠕動運動を赤外線カメラで観察したところ,腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスの腸蠕動は顕著に減弱していることがわかりました。また,腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスに,致死量の腸炎誘発薬剤を投与したところ全数が生存し,組織学的にも大腸炎が殆ど生じていませんでした。つまり,腸管上皮のPiezo1は骨形成を抑制すると同時に,腸蠕動の促進と腸炎の増悪をもたらす因子であることが明らかとなりました。
 次に,これらの分子メカニズムを明らかにする目的で,遺伝子発現解析(注6)をおこなったところ,腸蠕動や骨形成を制御する “セロトニン”ホルモンの発現がPiezo1を欠損する腸管上皮で低下していることが明らかとなりました。そこで,腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスに1カ月間セロトニンを投与したところ,腸蠕動・腸炎・骨代謝は野生型と同程度となりました。それ故,Piezo1は腸管上皮のセロトニン内分泌機構における枢軸分子であることが明らかとなりました。興味深いことに,腸管上皮のPiezo1は機械刺激に応じて活性化されていませんでした。そこで,「腸のPiezo1は機械刺激でなく,腸内細菌依存的に活性化され,セロトニンを産生しているのでは」と仮説を立てました。この仮説を証明するために抗生物質を野生型マウスに経口投与することで腸内細菌を激減させたところ,腸管上皮のセロトニン産生が抑制されて骨量の上昇がみられました。これらの結果は,糞便に含まれるなんらかの腸内細菌由来の分子がPiezo1に作用している可能性を示唆します。そこで,糞便中に含まれる様々な腸内細菌由来の分子を用いたスクリーニングをおこなったところ,糞便中の腸内細菌由来の1本鎖RNAがPiezo1を特異的に活性化することを突き止めました。最後に,野生型マウスに1カ月にわたって1本鎖RNAを分解する酵素(RNaseA)を注腸したところ,分解酵素を注腸されたマウスでは,上述のPiezo1欠損マウスと同様に,血中セロトニン濃度の低下をともなった骨量の上昇と腸蠕動の減弱が認められました。以上より,腸内細菌由来の1本鎖RNAはPiezo1を介してセロトニンを誘導する分子であることが明らかとなりました。

 丸山医師は「今回の研究で,セロトニンを介した腸と骨の恒常性がRNAで刺激されたPiezo1によって調節されていることがわかった。今後は,腸内細菌由来のRNA量を適切に制御する方法を開発することで,便秘,腸炎,骨粗鬆症の新しい治療につなげてゆきたい。」と話しています。

 本研究は文部科学省科学研究費補助金,ロッテ財団,金原一郎記念医学医療振興財団,花王芸術科学財団,武田科学振興財団,神澤医学研究振興財団,キャノン財団の補助 (研究代表者:丸山健太) を受けておこなわれました。

今回の発見

  1. 腸管上皮特異的に機械刺激受容体のPiezo1を欠損させると,血中のセロトニン濃度が低下することで,腸と骨の恒常性が攪乱される。
  2. 糞便中に含まれる腸内細菌由来の1本鎖RNAはPiezo1を活性化するリガンドである。
  3. RNA分解酵素を注腸すると,血中のセロトニン濃度の低下をともなった骨量の増加と腸蠕動の減弱が観察される。
  4. RNAの刺激でPiezo1を活性化された腸上皮は,腸と骨の恒常性を調節するホルモンであるセロトニンを産生する。

用語解説

注1)機械刺激受容体:細胞に加わる機械刺激を生物学的シグナルに変換するための受容体で,臓器や組織が圧力を感知して応答するための中核分子。
注2)セロトニン:腸に90パーセント,脳に2パーセント,残りは血小板や血液中に分布するホルモン。腸上皮にあるエンテロクロマフィン細胞で作られ,腸蠕動を促進したり腸炎を増悪させる作用がある。セロトニンの一部は血中に放出されて骨髄に到達し,骨を作る骨芽細胞の働きを抑制することで骨量を低下させる。脳に存在するセロトニンは脳幹で作られ,気分を安定させる作用を持つ。
注3)RNA:リボヌクレオチドがホスホジエステル結合でつながった核酸のこと。DNAの遺伝情報を発現させるための枢軸分子。
注4)イオンチャネル:膜貫通タンパク質の一種で,受動的にイオンを透過させるタンパク質。
注5)蠕動運動:腸などをとりまく筋肉が伝播性の収縮波を生む運動の総称。食物を口から肛門のほうへ運ぶために行われる。
注6)遺伝子発現解析:複数のサンプル間で複数の遺伝子の発現レベルを網羅的に比較する研究手法。

図1 糞便中の腸内細菌由来RNAは腸上皮のPiezo1を活性化することでセロトニンの産生を誘導する

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この研究の社会的意義

今回の知見は,腸で産生されるセロトニンのかかわる様々な疾患 (便秘,腸炎,骨粗鬆症など) の理解と制御につながることが期待されます。

論文情報

RNA sensing by gut Piezo1 is essential for systemic serotonin synthesis.
Erika Sugisawa, Yasunori Takayama, Naoki Takemura, Takeshi Kondo, Shigetsugu Hatakeyama, Yutaro Kumagai, Masataka Sunagawa, Makoto Tominaga and *Kenta Maruyama  *責任著者
Cell』(米国時間2020年7月7 日午前11 時オンライン版掲載)
 

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体機能調節研究領域
特別協力研究員   丸山健太 (マルヤマケンタ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

学校法人 昭和大学 総務課(広報担当)

北海道大学 総務企画部広報課 広報・渉外担当

リリース元

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