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「学んだ」ことが「身につく」ときの脳の変化
〜運動学習で大脳皮質神経回路が変化し学習記憶が進む〜

プレスリリース 2022年7月28日

内容

“記憶”は“学習”の延長線上の現象であるものの、“学習”された情報が、どのように“記憶”として、脳の中に保持されるかについてはわかっていません。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の 窪田芳之 准教授、孫在隣 特任助教および玉川大学脳科学研究所の川口泰雄 研究員 は、マウスを使った実験で、練習するにつれて身体が運動を覚える仕組みを、大脳皮質の神経回路の構造の変化としてとらえました。本研究により、学習記憶のメカニズムの一端が明らかになりました。本研究結果は、Science Advances誌(日本時間2022年7月28日午前3時解禁)に掲載されました。


   脳では、神経細胞間で情報が複雑にやり取りされ、巨大なネットワークを形成しています。特に、神経細胞間で情報を伝達する結合部はシナプスと呼ばれ、学習や記憶に非常に重要な働きをしていると考えられています。実際、マウスに、特定の運動課題トレーニングをさせると、大脳皮質の中の運動を担う領域(第一次運動野)で、新たなシナプスが形成され、神経回路が変化していることはわかっていました。しかし、それを神経回路の変化として明らかにした研究は過去になく、どの領野からの情報が、学習や記憶に重要なのかなど、その詳細は知られていませんでした。学習過程において変化するシナプス結合を明らかにすることで、例えばナイフやフォークを使って食事する動作などが、練習することで上達し、徐々に無意識に行えるようになる脳内メカニズムが明らかになるものと考えられました。

   そこで今回、窪田グループは、「運動学習」と「運動記憶」の神経メカニズムを明らかにするため、運動学習をトレーニングしたマウスのシナプスの変化を観察しました。
まず、前肢を用いた運動学習課題トレーニングを続けたマウスの脳内を観察し、前肢の運動を制御している大脳皮質の第一次運動野に新しいシナプスができることを確認しました(図1上図)先行研究の報告通り、学習初期(学習1日目〜4日目)においては、新しいシナプス結合が頻繁にできており、より運動が上達したマウスほど、その数が多いことから、運動技能の上達には新しいシナプス結合の形成が重要であることがわかります。

   本研究では、この新しいシナプス結合が脳のどこからの情報を伝達しているのかを検証しました。その結果、新しくできたシナプス結合の多くは、より高次の運動皮質(第二次運動野など)から送られてきていることを明らかにしました(図1下図)。高次の運動皮質は、運動の計画や準備など、運動の実行に関わる意識的な情報処理を行なっていると考えられており、意識的に運動を補正するための信号情報が送られている可能性が考えられます。つまり、学習初期にはその運動課題を習得するために、動物は様々なことを「試行錯誤しながら」行っていると推察できます。
   一方で、学習の後期(学習5日目〜8日目)になると、学習初期に新たに形成されたシナプス結合の多くは消失しました。しかし、残存しているシナプスも存在しており、それらの入力元を調べたところ、視床と呼ばれる領野からの情報を受けているシナプスが学習後期にも残存していることが新たに分かりました(図1下図)。また、視床から情報が伝達されたシナプス結合は残存しているだけでなく、信号がより強化されていることも明らかになりました。視床は脳の深部にある、自動化された運動信号を中継すると考えられる領野です。これらの結果から、学習の後期には、視床からの入力が重要な役割を担っており、学習した運動の情報処理が徐々に自動化・習慣化していると考えています。

    実際に、化学遺伝学的手法を用いて、運動課題トレーニング時に高次運動野からの情報を抑制すると、運動が上達しにくいことが明らかになりました。一方で、視床から大脳皮質運動野への神経の情報伝達を抑制しても運動は通常通りに上達しました。これらの結果は、学習初期の運動の上達には高次運動皮質からの情報が重要で、視床からの情報の影響は弱いことを示しています。
   ところが、8日間訓練し運動が十分上達したマウスで、訓練9日目に視床から第一次運動野への神経信号を実験的に抑制すると、上達済の運動をまともに実行できないことも明らかになりました。この結果は、既に体得した「運動記憶」を自動的に実行する際には、視床からの情報が重要であることを示しています。これらの結果から、高次の運動皮質から第一次運動野への神経の情報伝達は「運動学習」に重要な役割を担っていること、体得した「運動記憶」は、視床からのシナプス入力に引き継がれ新たに保存されるということが明らかになりました(図1 & 2)。

  「記憶」は「学習」の延長にあることから、これまでは「学習」によって新たな神経回路が形成され、それが成熟していくことで「記憶」神経回路として機能すると考えられていました。私たちの研究は、「学習」と「記憶」は別のメカニズムのもとに機能することを示しています。今回の結果を受けて、我々は“学習シナプス”は“記憶シナプス”の形成を助け学習記憶が成立するという新説を提唱するに至りました。

   窪田芳之准教授は「今回の研究で、脳が“学習”した事柄をいかにして“記憶”に変換していくのかについて、新たな知見を示すことができました。例えば、箸の使い方を練習すると、初めは一生懸命に指先に神経を払う必要がありますが、練習すればするほど箸使いが上手になります。そのうちに、会話したり、テレビをみたり、新聞を読んだりしながら、無意識下で箸を上手に使いこなして食事をとるようになります。このような日常の運動学習に関わる脳の学習メカニズムの解明につながる成果だと考えています。」と話しています。

用語解説

視床:大脳基底核や小脳といった、他の脳部位からの情報を大脳皮質に伝える、脳深部の部位。大脳基底核や小脳は、習慣化された、無意識での運動情報処理を行なっていると考えられている。

助成金情報

本研究は文部科学省科学研究費(基盤研究、新学術領域「脳情報動態」他)、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST)、日本医療研究開発機構・革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、ドイツ研究振興協会の補助を受けて行われました。

今回の発見

  1. 動物が学習する過程で大脳皮質に出現するシナプスには、“学習”に重要な記憶回路の定着を促すシナプス、さらにその“記憶”を保持するシナプスが別のものであり、別々に機能することを見つけました。
  2. 運動関連の大脳皮質内の神経回路は、“学習”“運動技能の獲得”に重要な働きを担っていることがわかりました。
  3. 脳の深部にある視床から運動野へのシナプス入力は、学習した技能を“記憶”として保持し、自動運動機能に大事な役割を果たしていることがわかりました。

この研究の社会的意義

   動物は、生きていく上で、環境に柔軟に適応するため学習する機能を備えています。そのために、動物は、一度学習したことを記憶として大脳皮質に保持します。今回の私たちの研究では、単純な運動学習時の解析を進め、大脳皮質の神経回路に生じる変化を明らかにすることができました。この記憶にまつわる原理は、感覚情報(視覚、聴覚、体性感覚など)を用いた学習や、より高次機能を使った学習についても同様のメカニズムを取る可能性が高いと考えられます。
   また、学習障害や認知機能障害といった、社会的な課題についても、その原因究明への第一歩を踏み出したと考えています。それらの疾患モデル動物において同様の研究を積み重ねることで、“学習”と“記憶”の障害がどのようなメカニズムによって引き起こされるのかの徐々にわかるであろうと期待しています。

図1 学んだ」ことが「身につく」過程のシナプス結合変化


マウスに前肢を用いてタネを掴む運動課題を与え、上手に掴めるようになると、新しいスパインと呼ばれる突起が出来、そこに新しいシナプスができます。そのシナプスに、どの脳領域からの入力が来るのかについては、これまでわかっていませんでした。本研究により、高次運動野などから第一次運動野への経路(下図赤矢印)は“学習”するために重要であり、その学習によって得られた技能は、学習が進むと皮質下(視床)からの入力(下図青矢印)が“記憶”として保存しているということが示唆されました。

図2 “学習”と“記憶”は別々の経路を使っている

 

特定の動作について練習をする際、第一次運動野と皮質下(視床)との連携がうまくいっていないものと考えられます。そのため、その連携を高次運動野が助けている可能性が考えられます。一方、上達すると、高次運動野の手助けがなくても、第一次運動野と皮質下との連携が洗練され、その動作はスムーズに行われるようになる、ということが、本研究から考えられました。

論文情報

Presynaptic Supervision of Cortical Spine Dynamics in Motor Learning.
Jaerin Sohn, Mototaka Suzuki, Mohammed Youssef, Sayuri Hatada, Matthew E Larkum, Yasuo Kawaguchi, Yoshiyuki Kubota.
Science Advances. 日本時間2022年7月28日午前3時解禁

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 脳機能計測・支援センター 電子顕微鏡室
准教授 窪田 芳之 (クボタ ヨシユキ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

   

自然科学研究機構 生理学研究所
玉川大学

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