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蚊はどのようにして温度や痛みを感じるのか?
温度・痛み受容体を活性化する温度を決めるアミノ酸の同定に成功

プレスリリース 2022年7月27日

内容

蚊が人間を感知して近づく際に重要な手掛かりの一つは体温です。蚊は、温度感受性TRPチャネルの1つのTRPA1(ティーアールピーエーワン)が活性化することで、熱い温度を感知します。しかし、温度感受性TRPチャネルがどのようにして温度を感知し活性化するかは明らかになっていません。今回、自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの富永真琴教授らのグループは、蚊の温度・痛み受容体であるTRPA1を活性化する温度の決定に重要なアミノ酸残基を明らかにしました。本研究結果は、Journal of Biological Chemistryに掲載(米国東部時間7月16日)されました。

 蚊の攻撃を受ける暑い夏になりました。蚊は二酸化炭素、人間の匂い、人間の体温を感知して近づいてきます(図1)。蚊を含む多くの動物は、昨年ノーベル生理学医学賞が授与された研究テーマの対象分子である温度感受性TRPチャネルの1つのTRPA1(ティーアールピーエーワン)で温度を感知しています。TRPA1はヒトではワサビの受容体で、温度や痛み刺激を感知することが知られています。しかし、TRPA1がどのようにして温度を感知するかは明らかになっていません。これまで研究グループは、異なる生息地の蚊を比較し、TRPA1を活性化する最も低い温度(温度閾値)が生息地によって大きく異なることを報告しており、気温の高い熱帯の蚊のTRPA1は、比較的涼しい温帯の蚊のTRPA1より8度から10度高い温度で初めて活性化することが分かっていました(図1)。暑い熱帯で生息する蚊は、環境温度を痛み刺激と感じないよう、高い温度でTRPA1が活性化するようになったと考えられています。しかし、どのようなメカニズムでその違いが生じるか明らかではありませんでした。

 研究グループはまず初めに、TRPA1のどの部分が温度受容に重要なのかを調べるため、ネッタイシマカとアカイエカのアミノ配列の一部を人為的に入れ替える実験を行いました。高い温度で活性化するTRPA1を持つ熱帯の蚊(ネッタイシマカ Ades aegypti: Aa)と比較的低めの温度で活性化するTRPA1を持つ温帯の蚊(アカイエカ Culex pipiens pallens: Cp)のTPRA1のアミノ末端を取り替えたところ、驚いたことに、アミノ末端のみがネッタイシマカ由来で、その他のアミノ配列は全てアカイエカのTRPA1 (Aa N)の場合、ネッタイシマカのTRPA1 (Aa TRPA1)のように高い温度でしか活性化しませんでした。一方で、アミノ末端のみアカイエカ由来で、他が全てネッタイシマカのTRPA1 (Cp N)の場合、アカイエカのTRPA1 (Cp TRPA1)のように低い温度でも活性化することが分かりました(図2)。この結果は、アミノ末端に活性化温度閾値の決定に重要な構造があることを示しています。さらに細かく機能を調べていくことによって、アミノ末端の70のアミノ酸が活性化温度閾値の決定に重要なことがわかりました。

 そこで、この70のアミノ酸の中でネッタイシマカのTRPA1とアカイエカのTRPA1で異なるいくつかのアミノ酸の点変異体を作って解析した結果、ネッタイシマカのTRPA1のうち、2つの電荷を持ったアミノ酸(酸性のグルタミン酸Eと塩基性のアルギニンR)が重要なことが分かりました(図3)。別の熱帯の蚊ステフェンシハマダラカ(Anopheles stephensi: As)も、その2つのアミノ酸はネッタイシマカと同じことがわかり、それら2つのアミノ酸をアカイエカのアミノ酸(2つともグルタミンQ)に替えると活性化温度閾値が下がりました(図3)。

 以上のことから、蚊TRPA1のアミノ末端にある2つの電荷アミノ酸が熱刺激による活性化温度閾値の決定に重要なことが明らかになりました。酸性アミノ酸と塩基性アミノ酸間の塩橋(側鎖間に働く弱いイオン性相互作用)で蛋白質の三次元構造が安定化して熱刺激にたいして構造変化が起こりにくくなっているものと考えられます。今回の結果は、温度感受性TRPチャネルが温度を感知するメカニズムの解明に役立つものと期待されます。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

熱帯の蚊のTRPA1と温帯の蚊のTRPA1の熱刺激による活性化の温度閾値を決める2つのアミノ酸が明らかになりました。

この研究の社会的意義

温度感受性TRPチャネルが温度刺激で活性化するメカニズムは未だ不明で、解明に至れば、鎮痛剤などの開発にも役立つと考えられます。今回、蚊のTRPA1の活性化温度閾値を決定するアミノ酸が明らかになりました。本研究により、温度感受性TRPチャネルの活性化メカニズム解明が進むことが期待されます。

図1 熱帯と温帯の蚊のTRPA1の熱による活性化温度閾値

吸血中のアカイエカ(左)。
熱帯に生息する蚊(ガンビエハマダラカ・ステフェンシハマダラカ・ネッタイシマカ)と温帯に生息する蚊(アカイエカ)のTRPA1の熱刺激による活性化の温度閾値(右)。熱帯の蚊のTRPA1の活性化温度閾値は約30度で、温帯の蚊のTRPA1の活性化温度閾値より8度くらい高いことが分かります。 (Sci. Rep. 2019)



図2 ネッタイシマカTRPA1とアカイエカTRPA1のキメラ体の解析

ネッタイシマカTRPA1とアカイエカTRPA1の熱刺激による活性化電流とおおよその温度閾値(上)。上側が電流トレースで下側が温度変化。
TRPA1は、1つのサブユニットがアミノ末端 (N)・6つの膜貫通ドメイン・カルボキシル末端 (C)からなる。低い活性化温度閾値をもつアカイエカTRPA1を青で、高い活性化温度閾値をもつネッタイシマカTRPA1を赤で示す。アミノ末端を取り替えただけで、活性化温度閾値が逆転する(下)。

図3 アカイエカ、ネッタイシマカ、ステフェンシハマダラカのTRPA1の点変異体解析

アカイエカTRPA1の2つのグルタミンQをネッタイシマカTRPA1の相当するアミノ酸であるグルタミン酸Eに替えたもの(Q414E)やアルギニンRに変えたもの(Q456R)では、熱刺激による活性化の温度閾値が上昇する(水色)。また、ネッタイシマカTRPA1のグルタミン酸EとアルギニンRをグルタミンQに替えたもの(赤色E417Q、R459Q)では活性化温度閾値が低下する。同じく熱帯に生息するステフェンシハマダラカのTRPA1でもその2つの電荷アミノ酸は保存されており、それらをグルタミンQに替えたもの(橙色E417Q、R459Q)では活性化温度閾値が低下する。数字は最初のメチオニンから何番目のアミノ酸であるかを示す。



論文情報

Single amino acids set apparent temperature thresholds for heat-evoked activation of mosquito TRPA1
 
Thi Hong Dung Nguyen, Stella Chapman, Makiko Kashio, Claire Saito, Tatjana Strom, Mio Yasui, Makoto Tominaga.
Journal of Biological Chemistry

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室

リリース元

    
自然科学研究機構 生理学研究所
生命創成探究センター

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