ポイント
①慢性心不全(※1)の患者数は社会の高齢化に伴い増え続けています。依然として慢性心不全の治療成績は悪性腫瘍と同等ないしはそれ以上に悪いことが知られています。
②亜鉛イオン(Zn
2+)流入作用をもつ細胞膜タンパク質TRPC6チャネル(※2)の活性化が、Zn
2+依存的に心室筋のβアドレナリン受容体(βAR、※3)の脱感作(※4)を抑制することで、血圧低下に対する心筋の代償的な収縮を増強させることを明らかにしました。
③TRPC6チャネルを介するZn
2+流入の活性化は、心不全治療薬(強心薬)の新たな戦略となることが期待されます。
概要
心疾患による死亡者数は、日本国内で年間約20万人に上り、これはがんに次ぐ2番目の死因となっています。心疾患のうち、死因として最も多いのが心不全です。心不全患者の5年生存率は未だ50%であり、この50年間で10%程度しか改善されていません。このため、これまでの治療薬とは異なるコンセプトに基づいた薬の開発が必要とされています。
九州大学大学院薬学研究院の西田基宏教授(自然科学研究機構生理学研究所兼任)、小田紗矢香博士(生理学研究所)、西山和宏講師らの研究グループは、自然科学研究機構生理学研究所(生命創成探究センター)、旭川医科大学、京都大学、大阪大学、信州大学などとの共同研究で、交感神経終末から遊離されるノルアドレナリンによるtransient receptor potential canonical (TRPC)6チャネルの活性化が、亜鉛イオン(Zn
2+)の流入を介してβアドレナリン受容体(βAR)の脱感作を抑制することで、交感神経刺激に対する心筋の収縮応答を増強させることを動物レベルで明らかにしました(図1)。
今回の研究から、TRPC6チャネル活性化薬は心筋の陽性変力作用を維持させることで、心不全の急性増悪を抑制する可能性が示されました。TRPC6チャネルを介するZn
2+流入の活性化は、強心作用をもつ心不全治療薬の新たな戦略となることが期待されます。
本研究成果は英国の雑誌「Nature Communications」に、2022年10月26日(水)に掲載されました。
図1 TRPC6による心筋収縮力増強のメカニズム
αAR刺激によってTRPC6チャネルが活性化され、その後、Zn
2+流入を介して、βARの応答を増強させます。
研究の背景と経緯
心疾患による死亡者数は、日本国内で年間約20万人に上り、これはがんに次ぐ2番目の死因となっています。心疾患のうち、死因として最も多いのが心不全です。慢性心不全は、心臓の機能が低下しているものの、状態や症状が安定している状態です。何らかの原因で心機能が急激に低下(急性増悪)して入院、十分に回復しないまま退院、そして再入院を繰り返し、徐々に心不全が進行します。この急性増悪期に、心臓に負担をかけず心機能を保つことが心不全患者の予後改善につながると考えられます。しかしながら、心不全患者の5年生存率は未だ50%であり、この50年間で10%程度しか改善されていません。このため、これまでの治療薬とは異なるコンセプトに基づいた薬の開発が必要とされています。
研究の内容と成果
血圧の急な低下に対する代償反応(自律神経系(交感神経系)を介した心機能の増強)は、全身の血液循環の恒常性を維持するために必要不可欠です。この圧受容反射応答(=強心作用、※5)の低下は慢性心不全を増悪させる主な原因となるため、強心作用を増強させる治療戦略が長く注目されてきました。アドレナリン受容体(AR)は、交感神経刺激応答を司る細胞膜上のタンパク質(Gタンパク質共役型受容体(GPCR))であり、心臓のポンプ機能亢進を司るGPCRとして注目されています。心筋細胞にはαARとβARが存在していますが、ノルアドレナリンに対する親和性はαARの方が高いにもかかわらず、βARを使って心機能が調節される理由については長く不明でした。
本研究では、G
qタンパク質型共役型のαアドレナリン受容体(αAR)刺激によって活性化されるtransient receptor potential canonical (TRPC)6チャネルが、重金属イオンの一つである亜鉛イオン(Zn
2+)の流入を介して、βアドレナリン受容体(βAR)の脱感作を抑制することで、ノルアドレナリンによる心筋の収縮応答を増強させることを明らかにしました。心不全モデルマウスにTRPC6活性化作用をもつ小分子化合物PPZ2を慢性投与したところ、PPZ2投与群では、非投与群と比較して心臓の収縮機能のみならず、組織リモデリング(心肥大や間質の線維化)も強く改善されることが示されました。一方、TRPC6欠損マウスでは、PPZ2の心不全保護作用が消失しました。また、PPZ2を処置した心不全モデルマウスにおいて、心筋細胞内Zn
2+量が顕著に増加することも確認されました(図2)。
以上の結果から心室筋細胞のTRPC6チャネル活性化が、Zn
2+流入を介して心臓の収縮力を増強させることを明らかにしました。また、TRPC6活性化薬が、心不全の急性増悪を抑制することもマウスで示されました。今後、TRPC6活性化薬が新たな心不全治療法の開発に貢献するものと期待されます。
今後の展開
本研究により、TRPC6チャネル活性化がZn
2+流入という新しいコンセプトに基づく心不全治療の戦略標的となる可能性が示されました。今後、TRPC6チャネルのZn
2+透過性のみを強める化合物を探索・同定することで、画期的な強心薬の開発につながることが期待されます。
参考図
図2 TRPC6活性化剤による心不全治療効果
TRPC6活性化剤であるPPZ2は組織内Zn
2+濃度上昇及びprotein kinase G(PKG、※6)の活性化を介して、心不全モデルマウスの心機能を回復させます。TRPC6欠損マウスでは、PPZ2による心不全の改善が消失しました。
用語解説
(※1) 心不全…急性心筋梗塞や過度なストレスにより、急激に心臓の働きが悪くなる「急性心不全」と、心臓のポンプ機能が低下した状態が慢性的に続く「慢性心不全」に大別されます。
(※2) TRPC6…Transient receptor potential canonical (TRPC)6は全身に広く発現している受容体作動性カチオンチャネルです。
(※3) アドレナリン受容体…アドレナリン受容体はアドレナリン、ノルアドレナリンを始めとするカテコールアミン類によって活性化されるGタンパク共役型の受容体です。
(※4)脱感作…受容体刺激による受容体の感受性低下
(※5) 圧受容反射応答…血圧が急激に低下すると圧受容器はそれを感知して心臓中枢に伝えます。すると交感神経を介して反射的に心拍数および心収縮力を増加させ、血圧を上げるように反射機構が働きます。
謝辞
本研究はJST CREST (JPMJCR2024)、JSPS科研費(JP20H05512, JP20H03673, JP21H05269, JP22H02772, JP22K19395, JP21K15338, JP22H04814)、AMED(JP22ama121031, JP21ek0109509)などの助成を受けたものです。
論文情報
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Myocardial TRPC6-mediated Zn
2+ influx induces beneficial positive inotropy through β-adrenoceptors.
著者名:Sayaka Oda, Kazuhiro Nishiyama, Yuka Furumoto, Yohei Yamaguchi, Akiyuki Nishimura, Xiaokang Tang, Yuri Kato, Takuro Numaga-Tomita, Toshiyuki Kaneko, Supachoke Mangmool, Takuya Kuroda, Reishin Okubo, Makoto Sanbo, Masumi Hirabayashi, Yoji Sato, Yasuaki Nakagawa, Koichiro Kuwahara, Ryu Nagata, Gentaro Iribe, Yasuo Mori, and Motohiro Nishida.
DOI:10.1038/s41467-022-34194-9
お問い合わせ
<研究に関すること>
九州大学大学院薬学研究院生理学分野 教授 西田 基宏(ニシダ モトヒロ)
<報道に関すること>
九州大学広報室
リリース元


九州大学
自然科学研究機構 生理学研究所
560,570