群馬大学情報学部の竹鼻愛研究員(研究当時)と地村弘二教授は、自然科学研究機構生理学研究所の定藤規弘教授(兼任)、株式会社アラヤの近添淳一チームリーダー、同志社大学大学院脳科学研究科松井鉄平教授らとの共同研究で、ヒトが「おいしいけれども健康によくない食べ物」に対して「健康にいいけれどもおいしくない食べ物」を選ぶときに前頭前野が活動し,その活動は長期的な利益を最大にする自制心の強いヒトほど大きくなることを発見しました。今回の結果は、ヒトが健康を優先して食品の選択をする際、前頭前野の自制の機構が重要な役割を果たしていることを示唆しています。この研究はアメリカの学術論文誌Cerebral Cortexで7月26日に発表されました。
1.本研究のポイント●食べ物の選択において、おいしさより健康を重視するときのヒトの脳活動を計測した。
●「自制」の強さを金銭報酬の選択における長期的な利益を優先する度合いとして測った。
●おいしさよりも健康を重視したとき、前頭前野が活動した。
●前頭前野の活動は自制の強い人ほど大きかった。
2.本研究の概要 食べ物を選ぶとき、おいしさや健康にいいかは重要です。健康にいい食事をとることは、自身の健康につながります。しかし、誰もがそのことを知っているにもかかわらず、おいしさを優先して健康に悪い食事を衝動的に選んでしまうことがよくあります。例えば、脂肪分や糖分、炭水化物が多く含まれた食べ物が健康にはあまりよくないとわかっていながらも、つい手を伸ばしてしまう経験は誰にでもあるでしょう。つまり、健康的な食べ物を優先して選択していくことは簡単ではありません。これは、おいしさより健康を重視して食べ物を選ぶためには、おいしさという目前の利益より、健康という長期的な利益を優先するための「自制」が必要だからです。それでは、健康を重視する食品選択を行う際に、ヒトの脳はどのように機能しているのでしょうか。そして、このときの脳活動は自制とどのように関わっているのでしょうか。
本研究グループは、おいしさと健康を指標にした食べ物をヒト被験者が選択する状況で,脳活動を計測しました。まず、被験者は食べ物を、おいしさと健康的かどうかで評価し、「おいしいけど健康によくない食品」、「健康にいいけどおいしくない食品」に分類しました。そして、脳活動の計測中に、画面に表示されたこれらの2種類の食品のうち、どちらか食べたい方を選択しました(図A)。ここで、「おいしいけど健康によくない食品」ではなく、「健康にいいけどおいしくない食品」を選んだ場合、おいしさより健康を重視したことに相当します。
加えて、将来得られる金銭報酬を選択する課題により,自制の強さを測定しました(図B)。この課題では、獲得までの時間と金額が異なる2つの報酬について、どちらか欲しい方を一つだけ選びます。例えば、「いますぐ5000円をもらう」、または、「1年後に10,000円をもらう」かのどちらかを選びます。ここで、「いますぐ5000円をもらう」という選択は目前の利益を優先した結果であり、衝動的です。一方で、「1年後に10,000円をもらう」という選択は目前の利益よりも長期的な利益を優先しており、自制心が強いことを意味します。すなわち、獲得するまで待つ必要がありますが、報酬の量が多いという選択をする人は、自制心が強いということになります。
食べ物の選択における脳活動を調べたところ、「健康にいいけどおいしくない食品」を選んだとき、すなわち、おいしさより健康を重視する選択を行ったとき、前頭前野の大きな活動が観察されました(図C左)。さらに、金銭報酬における長期的な利益を優先する、つまり、自制心が強いヒトほど、これらの領域の脳活動が大きいということがわかりました(図C右)。一方で、自制心の強さは認知の機能と関係があるとこれまで考えられてきましたが、認知の機能は、食べ物の選択における健康の優先とは関係がないことが示唆されました。
本研究の結果は、ヒトがおいしさより健康を重視して食品を選ぶとき、長期的な利益を優先するという自制に関連した前頭前野の活動が重要な役割を果たしていることを示唆しています。食べ物の選択は他の動物種にとっても大切な行動ですが、健康を優先するという長期的な利益に基づく選択をすることはヒトに特徴的であると考えられ,ヒトで最も発達している前頭前野が健康の優先に関与していることは興味深いです。そして、健康的な食生活の継続には、この前頭前野における自制の機構が重要なのではないかと本研究グループは考えています。
3.原論文情報Takehana A, Tanaka D, Arai M, Hattori Y, Yoshimoto T, Matsui T, Sadato N, Chikazoe J, Jimura K (2024) Healthy dietary choices involve prefrontal mechanisms associated with long-term reward maximization but not working memory. Cerebral Cortex 34, bhae302.
4.関連リンク発表論文
https://academic.oup.com/cercor/article/34/7/bhae302/7721467https://doi.org/10.1093/cercor/bhae302群⾺⼤学情報学部認知神経科学研究室
https://ja.jimuralab.org/群馬大学情報学部
https://www.inf.gunma-u.ac.jp/自然科学研究機構 生理学研究所
https://www.nips.ac.jp/株式会社 アラヤ
https://www.araya.org/ 同志社大学大学院脳科学研究科
https://brainscience.doshisha.ac.jp/br/ 【本件に関するお問合せ先】
群馬大学 情報学部
教授 地村 弘二
副事務長 齋藤 郁之
生理学研究所 研究力強化推進室(広報)
特任助教 西尾 亜希子
株式会社 アラヤ
広報担当 浅井 順也
同志社大学 広報部広報課
末廣 明日香
リリース元
群馬大学
自然科学研究機構 生理学研究所
株式会社 アラヤ
同志社大学
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