「レモンをかじったとき、ジワジワと唾液が出てきて、次第に酸味が強くなる」こんな経験を誰でもおもちだと思います。自然科学研究機構・生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授と稲田仁特任助教の研究グループは、唾液が出てくると酸っぱさが強くなる その不思議なメカニズムを解明しました。ヨーロッパ分子生物科学誌エンボ・レポート(6月6日電子版)に掲載されます。
研究グループが注目したのは、酸っぱさを感じる舌のセンサー「PKDチャネル」。この酸味センサーは、唾液が出てくる近く、舌の脇や奥にあります。研究グループは、このセンサーが、酸っぱさを受けてもすぐには反応せず、酸っぱい物質を取り除くことで強く反応を始めることを明らかにしました。これまでの予想をくつがえす発見です。
「強い酸味は危険な食べ物であることが多く、すぐに唾液で洗い流すようにできている。そこで、唾液で洗い流されたあとでも、「酸っぱさ」をいつまでも感じられる仕組みができているのではないか」と稲田特任助教は話しています。
酸味(酸っぱさ)*1を感じる味覚センサー「PKDチャネル」*2は、酸味の刺激を受けた時でなく、刺激がなくなった後に反応する(「オフ反応」*3)。
酸味センサー(PKDチャネル)は酸がなくなった後で反応する
不思議な酸味スイッチPKD1L3-PKD2L1チャネル-酸味と唾液の“舌”妙な関係
私たちは、日常的に様々な味を楽しんでいます。これらの味は私たちの舌で感じられている訳ですが、味の感じ方は舌の部分によって異なるという感覚を持っていると思います。古い教科書には、甘みは舌の先端で、苦みは奥の部分で、酸味は脇部分で感じるという図、いわゆる味地図(taste map)が載っているものがあります。しかし、最近の研究によると、味の感じ方には多少の差はあるものの、舌のどの部分も同じようにいろんな味を感じることができるということが報告されています。ここに、私たちの日常的な感覚との“ズレ”がでてくるわけです。
私たちの研究室では、酸味で活性化されるPKD1L3-PKD2L1チャネルという、舌にある酸味スイッチを明らかにしました。この酸味スイッチである PKD1L3-PKD2L1チャネルは、とても不思議な性質を持っています。それは、酸味が与えられた時にはスイッチが入らず、酸味が取り除かれて初めて スイッチが入るという性質です。この酸味が取り除かれて(オフになって)スイッチが入る性質を、私たちはオフ応答特性と呼んでいます。一見、 PKD1L3-PKD2L1チャネルのオフ応答特性は、私たちの酸味の感じ方と矛盾するように思えます。しかし、このオフ応答特性によって、味の感じ方に ついての最近の研究結果と私たちの日常的な感覚との“ズレ”をうまく説明することができるのです。
PKD1L3-PKD2L1チャネルは、舌の脇や奥にある味を感じる細胞にあるのですが、おもしろいことに、これらの細胞の近くにはだ液腺があるの です。つまり、酸味はすぐに薄められて取り除かれることが運命づけられているのです。普通、酸味感覚は痛んだ食べ物や未熟な果実、刺激の強い液体をさける ために必要な感覚です。実際、酸味はだ液の分泌を増加させる効果があります。口の中では、強い酸味はすぐに薄められて取り除かれなければいけない危険物な のです。
ここで、一つ問題が出てきます。酸味はすぐに取り除かれないといけないのですが、そうすると酸味を感じている時間が短くなってしまうのです。そこ で、PKD1L3⁄PKD2L1チャネルのオフ応答を使うと、強い酸味が取り除かれた後でも、つまり、危険が取り除かれた後でも酸味を感じることができる ことになります。
最近の研究では、味が唾液で薄まってしまわないように、味を浸したろ紙を舌の上にのせるという方法で、味に対する感受性を厳密に測定しています。し かし、私たちの口の中では、味はすぐに唾液で薄められてしまいます。ここで、酸味スイッチPKD1L3⁄PKD2L1チャネルのオフ応答を考えると、唾液 で薄められることが、強い酸味を感じることに役立っているということになります。不思議な酸味スイッチPKD1L3-PKD2L1チャネルの研究は、酸味 の感じ方についての最近の研究と日常的な感覚との“ズレ”をうまく説明することができ、酸味と唾液の“舌”妙な関係を明らかにすることができるのです。