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ベルベットの触感を生む錯覚に関わる脳の活動の一端を解明

プレスリリース 2018年8月22日

内容

私たちは日常生活の中で、コップから衣類に至るまでさまざまな物体に触れ、滑らかさや柔らかさといった素材の特徴を感じています。では素材の触感にはどのような脳内ネットワークが関わるのでしょうか?視覚や聴覚に比べて、物体を触って認識する脳内メカニズムについては、実は未だによく分かっていません。今回、生理学研究所の定藤規弘教授と名古屋大学のRajaei Nader研究員・大岡昌博教授、南洋理工大学シンガポールの北田亮准教授らの国際共同研究グループは、複数のワイヤからベルベット状の素材を感じる錯覚(ベルベット錯触)を応用して、素材の触知覚に関わる脳内ネットワークを同定しました。ベルベット錯触は、バーチャルリアリティ技術の開発に応用できる可能性があり、本研究成果はその技術開発の基盤となる知見を提供します。

研究の背景

私たちは日常生活においてさまざまな物体に触れています。絹やベルベットのような素材は滑らかで柔らかく、心地よい感覚がします。ではこのような触感を経験している際、脳ではどのような活動が行われているのでしょうか。触覚の情報は、大脳皮質の一次体性感覚野が情報を受け、周辺の脳部位へ順次階層的に処理されると考えられています。特に階層的に上位にある脳部位が粗さや温度の強度の処理に関わると考えられていますが、その詳細な仕組みはよく分かっていません。
 私たちの感覚のしくみを理解する手段として、錯覚を応用する方法があります。触覚に関わる錯覚のうちベルベット錯触が知られています。これはテニスラケットのガットのような格子状のワイヤを両手でこすったとき、両手の間にあたかもベルベット状の素材があるように感じる錯覚で、国内外の科学館などで展示されているため、体験したことがある人は多いかもしれません。本研究では、ベルベット錯触を経験しているときと、本物のベルベットに触れているときの脳の働きの異同を、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて調べました。

研究の内容

健常成人29名が本研究に参加しました。ワイヤ格子の間の距離を変えるとベルベット錯触の強さが変化することが知られています。これを応用して強い錯触条件と弱い錯触条件を設定し、弱い条件に比べて強い錯覚条件で活動する脳部位を同定しました。さらに本物のベルベットを使用する条件とワイヤに何も触れない条件 (Nw)を比較し、本物のベルベットに触れたときの脳活動を同定し、錯覚時のそれと比較しました。参加者は両手の間にある素材の知覚の強さを点数で回答しました。
 結果、ベルベット錯覚の強さに応じて一次体性感覚野という脳部位が強く活動し、その活動は本物のベルベットに触れているときでも確認されました。さらに錯覚の強弱によって、この一次体性感覚野は頭頂弁蓋部・島部・上頭頂小葉・小脳といった部位との関係を示す機能結合を変化させることがわかりました。これまでの研究では頭頂弁蓋部・島部が素材の知覚に重要とされていましたが、素材の意識的な知覚には階層性の下位に位置する一次体性感覚野とその周囲の脳部位との相互作用が重要であることを示唆しています。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金と中山隼雄科学技術文化財団の研究助成金の一環として行われました。

用語

・機能的磁気共鳴法(fMRI)
ある脳部位の神経細胞の活動に伴い、近傍の血管において酸素を持つヘモグロビン
(赤血球のタンパク質)と酸素を持たないヘモグロビンの相対量が変化します。fMRIは核磁気共鳴現象を用いてこの変化を信号 (BOLD信号) 値として測定する手法です。

・機能的結合
異なる脳部位同士の統計学的依存性を指し、脳活動の時間的な相関に基づいて推定されます。今回は心理−生理交互作用解析(Psycho-Physiological Interaction解析)と呼ばれる、2つの部位の間における機能的結合が条件によって変化するかどうかを明らかにする解析手法を用いました。

今回の発見

  1. ベルベット錯触に重要な脳内ネットワークを同定しました。
  2. この成果は「素材を触覚で意識的に知覚する際の神経基盤」を説明する手がかりになるだけでなく、触覚によるバーチャルリアリティ技術の基盤となる知見を提供します。

図1 実験環境と条件

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実験参加者はMRIスキャナー内で4種類のフレームに触れて、両手の間に感じる素材の強さを回答しました。強い錯覚条件では格子の中やその周辺にベルベット状の素材があるように感じます。弱い錯覚条件に比べて強い錯覚条件で強く活動する脳部位と、ワイヤなし条件に比べて本物に触れる条件で強く活動する脳部位を同定しました。

図2 ベルベット錯触を経験したときと本物のベルベットに触れたときに活動する脳部位

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黄色の領域は錯覚に関わる脳部位(弱い錯覚より強い錯覚条件で強く活動した部位)を示し、青色の領域は(ワイヤなし条件に比べて)本物のベルベットに触れたときに活動した部位を示します。右図の黄色い点は参加者ごとの活動と錯覚の強さを示しています。一次体性感覚野では報告する錯覚の違いが強いほど、その活動差も大きくなることが分かりました。

図3 ベルベット錯触の強度によって変化する脳内ネットワーク

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青丸は錯覚に関連した活動の位置を示し(図2の黄色い部分に相当)、橙色・黄色の部位は錯覚強度によって青色の部位との機能的結合が変化した部位を示しています。頭頂弁蓋部および島部は素材の触感に重要とされていますが、一次体性感覚野は
これらの部位と強度依存性な関係があることが分かります。

この研究の社会的意義

バーチャルリアリティ技術の開発のための基盤となる知識を提供する可能性
視覚や聴覚を駆使したバーチャルリアリティ(Virtual Reality: VR)技術が確立されつつあるのに比べ、VRの中で本物の素材に触れたような感覚を実現するのはまだ困難です。VR技術を開発する方法として、錯覚の応用が考えられます。例えば画面上の映像は静止画像を連続で呈示しているに過ぎませんが、仮現運動という錯覚が生じることで私たちは動きを知覚することができます。ベルベット錯触は、触覚のVR技術の開発に応用できる可能性があり、本研究成果はその基盤となる知見を提供します。

論文情報

'Brain networks underlying conscious tactile perception of textures as revealed using the velvet hand illusion'
Nader Rajaei, Naoya Aoki, Haruka K. Takahashi, Tetsu Miyaoka, Takanori Kochiyama, Masahiro Ohka, Norihiro Sadato, Ryo Kitada
Human Brain Mapping (2018) 電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門
教授 定藤 規弘 (さだとう のりひろ)

南洋理工大学シンガポール 社会科学部
准教授 北田 亮 (きただ りょう)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
 

リリース元

nips_logo.jpg自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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