計画共同研究は,研究者の要請に基づいて生理学研究所が自らテーマを設定する。19年度までは,「遺伝子操作モデル動物の生理学的,神経科学的研究」と 「バイオ分子センサーと生理機能」の二つが行われた。20年度からは,「多光子励起法を用いた細胞機能・形態の可視化解析」と「位相差低温電子顕微鏡の医 学・生物学応用(平成23年度から「先端電子顕微鏡の医学・生物応用」に改題)」が開始され、21年度からは「マウス・ラットの行動様式解析」が開始され た。さらに、23年度からは「マウス・ラットの行動代謝解析」も新設され,24年度からは,「霊長類への遺伝子導入実験」,「機能生命科学における揺らぎ の研究」及び「脳情報の階層的研究」が新設された。いずれも現在最も高い関心を寄せられている領域であると同時に,生理学研究所が日本における研究の最先 端をいっている分野でもある。多くの共同研究の申請を期待している。
◇ 計画共同研究の詳細は,次の通りである。「遺伝子操作モデル動物の生理学的,神経科学的研究」
生理学及び脳科学の研究を推進する上で個体レベルでの解析は重要であり,遺伝子操作モデル動物は非常に有効な実験材料となる。モデル動物開発のための発生 工学的技術の革新は近年とくに目覚ましく,日々,発展・進歩を遂げている。生理学・脳科学と発生工学の両方に精通した行動・代謝分子解析センター 遺伝子改変動物作製室が遺伝子操作モデル動物の作製技術を全国の研究者に提供することは,他機関の同種事業に比べても当該研究分野の発展に大きく貢献でき る。共同利用研究に供するため,ラットとマウスにおいて,トランスジェニック動物やノックアウト動物のような有用モデルの開発を支援している。
「マウス・ラットの行動様式解析」
遺伝子改変動物を用いて,遺伝子と行動を直接関連づけられることが明らかとなってきた。このような研究においては多種類の行動実験を一定の方法に則って再 現性よく行うことが要求される。このような実験を各施設で独立して行うことは極めて困難であり,無駄が多い。生理学研究所では動物の行動様式のシステマ ティックな解析を全国の共同利用研究に供するために,行動・代謝分子解析センターに行動様式解析室を立ち上げた。この施設に日本におけるマウス行動学の権 威である宮川博士を客員教授として迎え,平成21年度から計画共同利用研究「マウス・ラットの行動様式解析」を開始した。将来的にはラットの解析を行う予 定であるが,現在はマウスの解析を実施している。
「マウス・ラットの代謝生理機能解析」
研究所内外が作成、保有する遺伝子改変マウス及びラットの代謝、生理機能を詳しく解析し、標的遺伝子の機能と行動変異のメカニズムを明らかにすることを目 指す。計測する代謝・生理機能は以下の通りである。当面はマウスの解析を中心に行う。(1)運動系を中心とした、覚醒下での単一ニューロン活動など神経活 動の計測、(2)自由行動下における脳内特定部位での神経伝達物質の分泌計測、(3)フラビンおよびヘモグロビン由来の内因性シグナルを利用した脳領域活 動と膜電位感受性色素を用いた回路活動のイメージング、(4)自由行動下における摂食行動、エネルギー消費の計測、(5)自由行動下における体温、脈拍 数、血圧の計測、(6)自由行動下における脳波測定。
「先端電子顕微鏡の医学・生物学応用」
生理学研究所で開発された世界で初めての位相差電子顕微鏡は,特に低温手法と組み合わせることで威力を発揮する。無染色の生物試料について生(なま)に近 い状態の構造を1 nm以下の分解能で観測可能である。過去数多くの部門内共同研究において,先端的な研究を拓いてきたが,その手法をさらに幅広い医学,生物学のフィールド で有効利用できるよう,計画共同研究をスタートすることとした。対象は,受容体やチャネルなどの膜蛋白質,各種ウィルス,バクテリア,動物の培養細胞そし て組織切片である。特に,生きた細胞中の分子の高分解能観察が生物機能につながる研究に期待したい。
「多光子励起法を用いた細胞機能・形態の可視化解析」
2子励起顕微鏡システムは,低侵襲性で生体および組織深部の微細構造および機能を観察する装置であり,近年国内外で急速に導入が進んでいる。しかし,安定 的な運用を行うためには高度技術が必要であるため,共同利用可能な機関は生理研が国内唯一である。現在,2台の正立(in vivo実験用)の2光子励起顕微鏡が安定的に稼動している。その性能は世界でトップクラスであり,レーザー光学系の独自の改良により,生体脳において約 1ミリメートルの深部構造を1マイクロメートル以下の解像度で観察できる性能を構築している。さらに、生体内神経細胞のCa2+動態イメージング技術の確 立および長時間連続イメージングのための生体固定器具の開発を行い,同一個体・同一微細構造の長期間繰り返し観察するための技術の確立に成功した。これら の技術を利用して,生体および組織深部微細構造および細胞活動のイメージングを行う。
「霊長類への遺伝子導入実験」(平成24年度より新設)
ウイルスベクターを用いて霊長類の脳に遺伝子を導入し、機能分子の発現を制御したり神経活動を変化させる技術は有望であり注目されている。しかしこのよ うな研究を遂行するには、ベクターの開発、ベクター注入のための実験室など、多くの技術、設備を要する。これらの技術、設備を共同利用に供することによ り、高次脳機能やその病態の解明を目指す。
「機能生命科学における揺らぎの研究」(平成24年度より新設)
機構の 「自然科学研究における国際的学術拠点の形成」 プロジェクトの一つとして、生理研が主として担当する 「機能生命科学における揺らぎと決定」 が開始された。 その目的は以下の通りである。ヒトの意思決定や進化をイメージすると 「安定・平衡を保つこと」 と 「時折変わる力を持つこと」の両方が重要である。「揺らぎ」 は、「安定」 と 「時折の変化」 の両方を可能とする有効なシステムと考えられる。本プロジェクトでは、単分子、多分子相互作用系から細胞系、生体システムまでの世界を 「揺らぎと決定」 というキーワードで捉え、生命の各階層に存在する揺らぎを知り、また揺らぎの果たす役割を明らかにすることにより、機能生命科学における 「決定とその跳躍」 に関する原理を探る。これにより、生体機能分子の揺らぎとそれらの相互作用がいかにして複雑な生命現象を生み出し、そして究極的にはヒトの意思の創発をも たらすのか等の理解を目指す。 このプロジェクトの一貫として、平成24年度より計画共同研究 「機能生命科学における揺らぎの研究」 を実施することとし、下記の表にある一課題を採択した。今後、採択件数と実施規模の拡大を目指す。
「脳情報の階層的研究」(平成24年度より新設)
本課題は、自然科学研究機構事業「自然科学研究における国際拠点形成」の中で生理学研究所が担う2課題のうちの1つとして平成22年度から開始された。目 的は、人や各種モデル動物を用いて分子―細胞―回路―脳の階層をつなぎながら脳神経系の情報処理過程について研究を行なう。そのために、イメージングなど の階層レベルや動物種をシームレスにつなぐ実験的手法を用いて、脳神経の情報処理機能を、脳の構造と機能の相関として明らかにする。さらに、各国の研究者 との交流をもとに、脳の戦略機構の理解を推進する国際拠点を形成する。平成23年度は生理研における8部門・室と生理研外3研究室(基生研2,分子研1) 参加した。また、著明な海外研究者の招聘と生理研研究者の海外派遣を行った。機構外からの招聘研究者を含めてシンポジウムを開催した。次年度からの計画共 同研究として募集を開始した。