ご挨拶

2010年12月   伊佐 正 

                                  インド
FAONS(Federation of Asia and Oceania Neuroscience Societies, アジア・オセアニア地区神経科学連合)の会議でシンポジウムをオーガナイズすることになったので、インドのLucknowに行ってきた(11月25−28日)。インドは、医学部5年生と6年生の間の春休みに1ヶ月間フーテン旅行(今ではバックパッキングと言うらしいけれど)して以来26年ぶりである。あの時は、まずバンコク経由でカルカッタ(今はコルコタと呼ぶらしい)に入り、大都会の混沌と喧騒に身を投じて1週間くらい過ごし、その後鉄道で北部のダージリンへ。そしてバスでネパールの首都カトマンズに入り、さらに山岳トレッキングの基地ポカラへ。2日間山歩きをした後、またバスでインドのゴーラクプルに行き、鉄道でバラナシ(ベナレス)へ。ガンジス河で泳いだ後、サルナートで仏陀が悟りを開いた地を歩いていたところで体調を崩し、デリー、アグラ行きを諦め、体調の回復を待ってカルカッタに移動して、日本に戻ってきた、という行程だった(写真1は23歳のフーテン旅行中の私)。若さに任せて無茶をしたもんだ*。
今回は仕事だったので、行きと帰りにそれぞれ24時間以上を費やし、現地では2泊だけ、という強行軍だった。インドは変わったよ、と何人かのインド人から聞いていたのだが、まずデリーの空港に着いて驚いた。開港1週間目だったようで、そこここにまだ準備中のどたばたの様子が垣間見られたが、欧米や日本の空港のロビーと全く変わらない、土のにおいが全くしない無機質・無国籍的な空間がそこにあった(写真2)。ところが飛行機を乗り換えて1時間で到着したLucknowは人口200万人を超える大都会だが、空港を降りて街に向かう道すがらは26年前の風景とあまり変わらない。今回ふらふらできたのは一緒に行ったN先生と街を歩いた3時間だけだったが、気がついたのは、一部、新しくてきれいな車が走っていることくらいだろうか。路上生活者や物乞いの人々も相変わらず。道路には信号が無く、トラック、乗用車、バイク、2人乗りの自転車、人力車、馬車、歩行者、牛が混然と色々な方向に向かって動いており、私にはとても運転できるような場所ではない(写真3)。人々はこの場所特有の研ぎ澄まされた五感を身につけていないととても生きていけない。何だか懐かしい感覚が蘇って来たなあ、と思ううちにもう帰国する時間になってしまって残念だったが、今回思い出したことがひとつある。インドでは、きれいな服を身にまとって高級車に乗っているお金持ちも、物乞いのお皿とぼろの服だけが財産の路上生活者の子供も、今の自分を受けてとめて生き抜いていかなくてはいけない。明日は不確実。悠久の時の流れの中で人生は儚く、いつ終わりが来るかもわからない。26年前にインドに来ていたのは、臨床医ではなくて研究室通いをして面白くなってきた基礎研究に進む、卒業したら結婚することを決めた頃で、その頃の自分も、見えない先を漠然と夢想するのではなく、今(その頃)の自分を先に進めようと考えていたのだったな、ということを・・・

* 当時は小田実の「何でも見てやろう」が高校の教科書に載っていたりして、影響を受けた「何でも見てみたい」日本人の若者たちが世界中を闊歩していたもので、私もその一人だったわけだ。

(写真1)23歳当時の私。カルカッタからダージリンに向かう途中の列車の駅で。


(写真2)デリーの空港の待ち合わせロビー


(写真3)Lucknowの街角(馬車の座席から撮影)


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 伊佐 正 教授 
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