ご挨拶

2011年2月   伊佐 正 

                            研究者における能力の「バランス」
 世間からは研究者にはおおよそ「バランス」が少々悪い人が多いと思われているかもしれない。確かに頭脳明晰で心身ともに健康、性格が良くて人付き合いも上手という人は、もっと他の分野に行って成功を収めているわけで、とても得意な能力がある半面、苦手な部分もあるという人が研究者になっている場合も少なくないだろう(勿論そういう人ばかりではないが・・・)。
しかし、我々のような生物・医学系の実験科学の研究者として生きて、ある程度の成功を収めるためにはそれなりに色々な能力が必要だ。研究を構想する力、情報収集能力、そして何よりも研究(実験)することが好きなこと、集中力、器用さ、データを解析する能力(コンピューターのプログラミング能力も含まれる)、他人からアドバイスをうまく受けたり、良いアイデアを引き出すコミュニケーション能力。一方であまりに物わかりが良すぎるよりも、少しくらい鈍くって自分で納得するまで疑って妥協しない、という性格も時には重要な資質だ。さらにデータが出てきたときに整理してまとめる能力、そして論文執筆能力。全部それなりにそろっていて初めて研究が成就されて論文として発表できる。また、それでは終わらなくて、発表した成果を世界中の人に認めさせるためにはプレゼンテ−ション能力と社交能力が必要、というのも事実だ。また、若い頃に大学院生やポスドクとして良い研究をするために必要とされる能力とPIとして成功する能力はまた少し違っている。PIとして成功するためにはリーダ−シップやもっと大きい意味での研究の構想力、さらには研究費の申請書をうまく書いて研究費をゲットするアピール力も必要だ。また所属する機関のファカルティとしては組織にとって「いてほしい人間・一緒に仕事をしたい相手」であることも必要だろう・・・こうなってくるとこれらを全部そろえている人はめったにいない。むしろ個々の能力が互いに相反していることを要求している場合も少なくない。まるで中小企業の社長さんのように自分で市場調査をして、現場で製品開発をして、そして営業もする、さらに言えば同業者の組合での世話役も・・・といった感じだろうか。
研究室を主宰する者としては、「一芸」にはそれなりに秀でている若者たちに、その良い部分は大事にしてあげながらも、「一芸」だけではいけないよ、と教えて、色々な能力を身につけていけるようにしてあげることが大切だ。世間一般に考えられている以上に研究者として成功するためには「総合力」が必要なのだ。しかし、これが実に難しい。自分だって他人のことは言えないことは重々承知の上なのだが、こういったことをあまりに言い過ぎると「それができるくらいなら研究者になんかなっていませんよ」と言われてしまう・・・・。ただ、せめて自分は何が得意で何が不得手かを自覚することは重要だ。研究者には他人を評価することは得意だけれど、自分を評価することは驚くほど苦手な人が多い(そういう思い込みがあるから研究ができるのだという話もあるが)。自分が不得手なところを正しく理解してそれを克服しようと努力するか、それとも他の人に補ってもらうようにするか・・・・確かにチームで仕事をしていると他人の力を借りるのが上手な人というのも研究者として成功するために必要な資質かもしれないと思うことはしばしばである。これらはいずれも研究者にとっての「永遠の課題」なのだろうが。

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 伊佐 正 教授 
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