ご挨拶

2011年3月   伊佐 正 

土曜日の夜に2週続きでNHKの岡本太郎氏生誕100周年企画の「TAROの塔」を見た。太郎の母の岡本かの子を演じる寺島しのぶの狂気の演技がとっても「いけてる」「濃い」ドラマだ。岡本太郎氏の芸術について私が敢えて語ることはあまりない。ただ、時折阪大病院に行くのだが、千里中央からモノレールに乗って万博公園前の駅が近づくと突然目の前に「太陽の塔」が出現する。いつ見ても、私のように小学校4年生の頃に胸を躍らせて母親に大阪万博に連れて行ってもらった世代には何とも言えないインパクトを与えてくれる風景だ。それがすべてを物語っている。万博のパビリオンは全て消え去り、40年後に広大な緑地帯の中に太陽の塔だけが残って立っている。当時、誰が今日のような風景を想像しただろうか・・・また、50年、100年先もそうだとしたらその頃の日本人はこれを見て何と思うのだろうか・・・

私はしばしば研究者を芸術家になぞらえて考えるし、そういうことを随所に書いてきた。基本は同じと思っているが、やはり自分の追い込み方は芸術家の方がすさまじい場合が多いと言わざるを得ない。我々の研究にはお金がかかる。自ずと、他人にわかりやすく、認められやすい研究をして研究費をもらわないとやっていけないとういう部分があることは否定できない。だから、ドラマの中でかの子が太郎に言うように「他人の評価を気にしてはいけません。」とはきっぱり言い切れない部分がある。しかしせめて「あなたの絵を一番最初に素晴らしいと思うのはあなた自身なのよ。」というフレーズに関してはそうありたいと願っている。「なんでそんな研究するのですか?何故こちらでなくてそちらなの?」は全てを論理的に口では説明できない場合もある。必ずしも論理的な思考に基づくのでなく、エモーショナルな思い入れやインスピレーションで研究対象を選ぶことだってあるのだ。やって結果を出していくうちにどこかでやっと他人から認められる(られなくてもいい?)・・・・そういう部分をこれからも大切にしたい。


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 伊佐 正 教授 
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