ご挨拶

2012年6月   伊佐 正 

しばらくHPの更新が滞ってしまっていた。いろいろな人から「最近更新していないですね。」と言われていたのだが、今回のNatureの論文(Kinoshita et al. Nature doi: 10.1038/nature11206)が無事出てくれるまではなかなか落ち着かなくて、余り他にいろいろ発信する気がしなかったというのが正直なところ。
今回の研究は私が拠点長を務めている脳プロ課題Cでの成果。霊長類脳への遺伝子導入による神経回路機能操作という大胆(無謀?)な目標を掲げて4年前にスタートした脳プロも今年で最終年度。プロジェクトの性質上、やはり普通ではできないような成果を目に見える形で出さなくてはいけない、それが脳プロのようなトップダウン式の戦略的プロジェクトの使命であると考えてきた。今回、幸いにも福島医大の小林和人先生が京大霊長研の高田先生たちと開発された強力な逆行性レンチウィルスベクター(Kato et al. Hum Gene Therapy 2011)、京大の渡邉大先生の研究室で新たに開発された増強型破傷風毒素(eTeNT)に大変切れ味のよいTet-ON配列rtTAV16という極めて優れたツールが同時にそろい、それをウィルスベクター2重感染法による経路選択的・可逆的神経伝達遮断法として、私が長年手慣れた系であり、長年の論争になっていたサルの脊髄固有ニューロン系に適用したことで、行動制御、電気生理学的検証、さらにはGFPの免疫組織で抑制されたニューロンの形態を細胞体から軸索終末までの全貌を追えるというおまけまでついた。この仕事はマウスでもあまり上手くできていなかったことをいきなりサルでやってしまったような仕事で、今後の波及効果を考えると、この分野で何年かに一度の仕事ができたと(普段では自分はこんなビッグマウスはたたかないのだけれど今回だけは・・・)自負している。今回の研究については、私自身、全てのウィルスベクターの注入手術と電気生理実験とそのデータ解析、さらには染色された軸索投射のカメラルシダでのトレーシングなどを自分でやったので(ほとんどが週末に集中して仕事、私は平日なかなかまとまった時間が取れないので)、久しぶりに「自分で手を動かしてやった」感が持てる仕事だった(まあ、そこまで追い詰められていたということなのだけれど)。兎に角、多くの方がこの研究には関与されたので、改めて皆さんに御礼を申し上げたい。
そういう中で自分でも面白いと思うのは、今回の論文のコアのひとつは、何%の脊髄固有ニューロンが抑制されたのかを明らかにするために行った麻酔下の急性電気生理実験で、これは私が大学院生の頃にネコを使って習った「古典的な」技術だったということだ。当時すでにシステム神経科学の主流は覚醒動物での単一細胞活動記録に移行しており、このような技術はもはや時代遅れとされていた。それが今は時代が一回りしたようで、今や「これからは神経回路の時代」などと言われており、他の技術と組み合わせる中でその重要性が再認識されつつある。まあ、他人にはなかなかできない技術を持っているのも悪くないな、と今更ながらに思いつつ、少し幸せな気分になっている。


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 伊佐 正 教授 
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