ご挨拶

2012年7月U   伊佐 正 

岡崎で暮らすということ
岡崎に来て、もう16年半が過ぎた。その前に3年弱前橋にいたので、もう20年近く地方で暮らしていることになる。そういえばスウェーデンでの留学中の2年間もそうだった。地方の中規模の都市(人口30万人程度)で仕事をすることの最大の利点は職住近接であることだ。いずれの場合も家から徒歩で20分以内、車だと5分程度で仕事に行けるところに住んできた。これは東京時代に片道1時間を通勤で使っていた頃に比べると圧倒的に体力と時間をセーブできる。また、この間、ずっと家族で朝食と夕食を食べてきた。夜は夕食後また仕事に戻るという具合である。子供たちはもう家を離れたけれど、家族関係という意味で肝心なポイントは抑えることができたかなと思っているが、それも地方都市で暮らしていたお蔭と思う。
東京へは、時間帯を選べば東岡崎駅から東京駅までほぼ2時間ちょうどで行ける。しかし、これが微妙なところで、結局東京での会議へ日帰りで十分に行けてしまう。この何年かは東京での会議に呼び出されることが多くなった。そういう日でも可能な限り朝と夜は研究室に顔を出して皆と少しでも会話を交わすということを重視すると、結局東京への往復の回数がとても増えてしまい、ひどい時だと週3−4回東京への往復を繰り返すことになり、JR東海に沢山貢ぐことになるし、体力も消耗する。これはなかなかどうにもならなくて、東京の人たちが羨ましくなることもある。しかし、こういう東京往復が比較的少ない准教授以下の研究者にとって岡崎はまさしく「研究と生活が一体となる場所」になる。大学と違い、学部学生の教育に割く時間はほとんどないし、今でも各研究室に少なくとも1名の正規の技術職員と1名の技術補佐員がおり、かつ各研究室には事務スタッフもいるので、いわゆる「雑用」もほとんどない。特に技術職員の皆さんは研究所ができて30年余り。ベテランも多く、円熟した「スーパー技術職員」も少なくない。また、多くの研究会やシンポジウムが開催されていて、最新の研究の動向をじっくり聞く機会もとっても多い。さらに目先の派手な流行に乗った研究テーマではなく、学術的に重要な問題をじっくり時間をかけてやって行こうという気風は研究所全体に色濃く残されている。
大学院生については、数は大学に比べると随分少ない。大学だと博士課程の学生は研究室の序列の中で既にかなり上のあたりになるのだろうが、岡崎だと上にスタッフ、ポスドクといった「本物の研究者」がずらりとそろっているので、そういったプロの研究者を沢山間近に見ながら過ごすことになる。それについては、自立心の強い学生にとってはとても良い刺激になるだろうが、必ずしもそうでない学生にとっては「いつまでも末っ子」でいることが、大学にいれば自然に培われる指導力や社交性に対してどのような影響をもたらすかは多少微妙な点もある。要は本人次第だな、と思っている。私の研究室の皆を見ていると、自然に「研究のことをいつも考える」生活になる。皆が、「cutting edgeで新しいことをやってやろう」と考えながら研究に集中するようになると、自ずと研究室は上手く回ってくるものだと思う。このように若い一時期、研究に本当に集中することは良いことだと思うが、一方でこれが当たり前だと思ってはいけない。まして「自分はこのような環境を与えられる資格(価値)がある人間だ」と思い始めるといろいろその後の人生で間違うことになる。私としては、「学生の教育などであなたより余程忙しくしている大学の研究者で、あなたに負けないくらいコンスタントに仕事を出している人は沢山いるよ」と言うことにしている。勿論これは私自身にも当てはまる。
このように、私からすると理想的な岡崎の研究環境で、岡崎で実際に研究をしている多くの同僚もそう思っていると思うが、実際に人事の公募をすると必ずしも多くの応募があるわけではない。やはり、東京や大阪などといった大都会から岡崎に来ることは「都落ち」という感覚があるのだろうか?はたまた家族の問題があるのだろうか?確かに夫婦で仕事をしている場合、自分のパートナーの仕事を岡崎で見つけるのは首都圏に比べると容易ではない。勿論、家族生活で何を重視するかはそれぞれの家族で千差万別だと思うので、こちらからどうこう言うべき筋ではないのかもしれない。一方で我々のように研究所を盛り立てて行かなくてはいけない立場からすると、夫婦で研究所でアカデミックなポジションを得やすくする、もしそれが岡崎だけでは規模が小さすぎるのなら、名古屋の大学とも連携して考える、ということをもう少し積極的に考える必要があるのではないか、と思う。このようにして研究に集中でき、家族も大事にできるという環境をアピールすることを、良い人材を獲得するための生き残り戦術としてもっと考えるべきだし、それは我々だけでなく、多くの地方大学に共通する課題なのではないかと思う。


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 伊佐 正 教授 
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