ご挨拶

2012年8月T   伊佐 正 

                                なりたかったものになれているか?
先日、出身大学の学生さんたちが同窓会の新聞の取材に来られたので、学生時代の話やら、何故自分が今このようなことをしているのかについてお話をした。思えば確かに子供の頃は、地方国立大学の物理の教師だった父親の給与はそれほど高くなく生活は質素だった(こんなことを言って父には申し訳ないが、公務員は安月給というのが当時の社会の常識だったのに、いつの間にその常識が変わったのだろう?)し、母は「私たちとしては教育しか残してあげられる財産はありませんから」ということを口癖のように言っていた(これも今では死語なのかしら?))ように、必ずしも裕福な家で育ったわけではない私としては勉強してお金持ちになりたいと切に願ったこともあったし、医学部の学生だった頃は、将来は体力勝負の外科医になってバリバリ働こうと思っていたので、大学では勉強よりはむしろボート部で身体ばかり鍛えていた。それが、学部の2年生の頃から基礎の研究室に通うようになり、いつの間にか、もう少し先が知りたいと思って基礎の大学院に入り、この世界で自分を何とかしなくては・・・と頑張っているうちにあっという間に50歳を超えてしまったというのが実感である。その間、余り先々の事まで遠大な計画を立てたことはなかった。基礎に行くに当たっては父親の旧制高等学校の同級生だった東大医学部の先輩で東大医科研の教授だった先生は、私が直接基礎の大学院に行くと聞いて、「それは勿体ない。やはり臨床をやった上で基礎研究をした方が・・・」と言われたということも聞いている。確かに臨床をやった上で基礎をやった方が良いという話もあるが、私自身の実感は、ずっと一つのことで頑張ってきてやっとのことで今の立ち位置にいることができているわけで、他のことをやっている暇はなかった、という感じである。一旦、この世界で「何がしかの人間」になりたいと願い、集中してしまった自分はもうどうしようもなかった。ただ、この先自分に残されている時間に限りがあるということが実感できる歳になった今、もう一度「なりたかった自分になれているか?」という、これまでなら「全く意味のない愚問」と切って捨てていた問いをもう一度考えてみても良いのかな、と思い始めている。ひとつには、そろそろ「人間」を研究の直接の対象として視野に入れるべきかな?と思っている。これまで、多くの仲間がヒトの脳機能イメージングの研究にも手を出していく中で、自分は決してそちらには流れなかった。自分はその時々の自分の学問にとって本当に必要、重要だと思わないことには一切手を出して来なかった。ウィルスベクターやoptogeneticsにはいち早く手を出したのは、これらがこれからの自分に欠かせない技術だと思ったからだが、2光子レーザー顕微鏡については、スライスの仕事が一山越えて、次はそろそろvivoでの局所回路、と思えるようになってきた最近まで手を出さなかった・・・・という具合である。
一方で確かに医者になりたかった自分というものもある。
今後どのような戦略でこれまでの動物を用いた研究で培ってきたものを基盤として人間に乗り込んでいくか?現在まだ考え始めたばかりだが、数年後には自分なりの入って行き方で進出してみたい。




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 伊佐 正 教授 
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