ご挨拶

2014年2月   伊佐 正 

“自然の見え方”

STAP細胞の発見に皆が興奮した理由の一つは、発想を変えればまだまだ大発見をすることができるサイエンスのネタが身近にあるのだということを実感させてくれたことではないかと思う。勿論、問題を実際に解決して皆を納得させるだけのデータを出すにはその後の膨大な努力が必要である。そういう意味で「アイデアはチープだ」と言い切る某偉い先生のおっしゃることは尤も至極なのだが、それでも今回の発見は「アイデアの重要さ」を教えてくれる。
自然には、まだまだ私たちが気付いていないだけで、私たちに解き明かされることを待っている謎がそこらじゅうに転がっているはずだと思えるか、それとも、自然界の問題で解決可能な問題の多くは既に解き明かされていて、残っている問題は皆とても困難な課題ばかりだと思ってしまうかは、その人が受けてきた教育や経験によって大きく違うかもしれない。私自身、今でも幸運だと思っているのは、学生時代に出入りしていた研究室で、私が何か新しい実験を提案して、新しい結果を得ると、それがたとえこれまでに行われていた実験をちょっと変えただけではあっても、先生は「君、これを見た人は人類で君が初めてだよ」と励ましてくれたし、またその研究室に出入りしていた先輩方は、私が教科書に載っているようなことでも腑に落ちなくて、サラの眼で見て納得できない根本的なことを聞くと、一緒になって考えてくれて、実は、ある程度当然のこととして説明されていることでも、明確にはわかっていないことが多いということを教えてくれた。そういう経験を通じて、実は自然科学、特に生物学ではもっともらしく説明されていることでも、注意して見直してみると、実はわかっていないこと、また、問い直せば、小さいように見えることでも新しい発見の可能性が常に身の回りに沢山転がっていることを知ることができた。それで、元来楽天家の私はさらに「この世界なら自分でもできることがあるかもしれない」という希望を持つことができ、それが基礎研究の道に入った一番の理由だったと思う。勿論その後は悪戦苦闘の毎日だったが、研究者としての私は常に定説は疑う、同じものを見ても他人とは少し違う見方、考え方をわざとしてみて、新しい問題を見つけることができないか?と考えることを習性としている。それがとても楽しい。勿論その場で答えが出なくても、そういう問題はポケットに入れておく。そのうち実際に将来研究することができるのは何千、何万分の一かもしれないけれど、そういうポケットの中のネタを沢山持っていることは研究者としての財産である。

一方、教育者としての私は、私が最初に出会った先生方のような、サイエンスに対する「ワクワク感」を自分より若い人たちに感じさせてあげられているのだろうか?30年余り経った今でも、時折当時を思い出しては自分に問い直す命題である。





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 伊佐 正 教授 
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